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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第69夜 「深淵に笑う者」



今日も少女は夜を歩く。


ニタリ。


最深層のさらに奥。


誰も知らない暗黒。


そこに。


確かに何かがいた。


しかし。


誰の目にも映らない。


誰にも姿を捉えられない。


ただ。


そこにいる。


それだけで。


空間そのものが軋んでいた。


『チッ……』


はっちゃんが鋭く睨む。


『出てきやがれ』


返事はない。


だが。


笑っている。


そんな気配だけがあった。


マヨイは不思議そうに首を傾げた。


「?」


「どうしたの?」


『坊主』


『その名前』


『思い出せるか』


「うん」


「えっとね」


「たしか」


「…………」


そこで。


マヨイは固まった。


「……あれ?」


「変だな」


「思い出せない」


『何?』


「さっきまで覚えてたのに」


「名前が」


「ない」


黄泉津大神の表情が曇る。


「記憶を……」


「弄られてる……」


篠崎冬華も息を呑んだ。


「そんなことが……」


総長が顔をしかめる。


「何者じゃ」


「怪異か?」


『違う』


はっちゃんが即座に否定する。


『怪異じゃねぇ』


「え?」


『怪異なら黄泉津大神が気づかねぇわけがねぇ』


「では……」


『わからねぇ』


『だから気持ち悪ぃんだ』


その時だった。


「……」


カクリが。


じっと暗闇を見つめていた。


「?」


れいなが小首を傾げる。


「カクリちゃん?」


「……見てる」


「え?」


「こっち」


全員の背筋が凍る。


暗闇。


その奥。


見えないはずの場所。


そこから。


確かに。


視線。


「…………」


何もいない。


なのに。


見られている。


「やだ……」


れいなが冬華の後ろに隠れる。


断姫も震えた。


「お兄ちゃん……」


『あぁ』


『いる』


『クソッ』


『気持ち悪ぃ』


すると。


カクリは。


その暗闇に向かって。


一歩。


前に出た。


「おい!」


冬華が止める。


「危険です!」


「……」


「大丈夫」


『大丈夫じゃねぇ!』


はっちゃんも叫ぶ。


しかし。


カクリは止まらない。


そして。


暗闇へ向かって。


静かに言った。


「そこにいる」


返事はない。


「見てる」


「……」


「出てこないの?」


静寂。


すると。


ニタリ。


誰かが笑った。


「!」


全員が身構える。


だが。


姿はない。


声もない。


ただ。


笑っている。


そして。


カクリの耳元にだけ。


小さな声が届いた。


『……まだ』


少女の声。


優しい。


どこか寂しい。


『まだだめ』


『まだ』


『会えない』


カクリが目を見開く。


「……?」


『ごめんね』


『夜を歩く子』


『その時が来たら』


『会いに行くから』


『だから』


『今は』


『その子たちを』


『助けてあげて』


「……」


『お願い』


声は消えた。


「カクリ!?」


冬華の声。


気づけば。


暗闇は静まり返っていた。


『何があった!』


「……」


カクリは。


しばらく暗闇を見つめていた。


「女の人」


『はぁ!?』


「いた」


「声」


「聞こえた」


黄泉津大神が目を見開く。


「女……?」


総長も驚く。


「見えたのか!?」


「うん」


「優しかった」


『おいおいおい』


はっちゃんの顔色が悪くなる。


『冗談だろ……』


「知ってるの?」


『知らねぇ』


『知らねぇけど』


『嫌な予感しかしねぇ』


その時。


マヨイが小さく呟いた。


「……」


「懐かしい」


全員が振り向く。


「坊主?」


「うん」


「わかんないけど」


「なんか」


「懐かしい」


「泣きそう」


夜禍の少女も胸を押さえる。


「……私も」


「なんか」


「知ってる」


「会ったことないのに」


黄泉津大神だけは。


青ざめていた。


「そんな……」


「ありえない」


「まさか」


「本当に……?」


「お母さん?」


夜禍の少女が見上げる。


黄泉津大神は。


信じられないものを見る目で。


暗闇を見つめていた。


「……あなた」


「消えたはず」


「私は」


「この手で」


「確かに」


「見送ったはずなのに」


『なんだ?』


『誰なんだよ』


はっちゃんが尋ねる。


しかし。


黄泉津大神は首を横に振った。


「……わからない」


「でも」


「もし」


「もしも」


「本当に」


「あの子なら」


「この世界で」


「一番優しくて」


「一番怖い」


「私の……」


そこで。


黄泉津大神の言葉は止まった。


そして。


最深層のさらに奥。


誰も知らない闇の中で。


誰かが。


静かに。


涙を流していた。


「……もう少し」


「もう少しだけ」


「待っててね」


「お母さん」


そして。


その少女の足元には。


錆びた。


一本の大きな釘が。


静かに。


突き刺さっていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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