第66夜 「孤独の母」
今日も少女は夜を歩く。
「……え?」
黄泉津大神は。
呆然としていた。
まるで。
何千年。
何万年。
いや。
もっと長い時間。
誰にも聞かれなかった言葉を。
初めて投げかけられたかのように。
『……お前』
『一人だったのか?』
はっちゃんの言葉。
黄泉津大神は瞬きを繰り返す。
「……」
「私が?」
「一人?」
不思議そうな顔。
まるで。
そんなことを考えたことすらなかったように。
『違うのか?』
「……」
黄泉津大神は。
静かに。
夜禍の少女を見る。
そして。
カクリ。
断姫。
れいな。
冬華。
総長。
ユウ。
ミコ。
そこにいる全員を見た。
「……」
「家族がいるもの」
小さな声。
『家族、ね』
はっちゃんは鼻を鳴らした。
『夜禍だけだろ』
「……」
『他はいねぇ』
「……」
『だから聞いてんだ』
『お前』
『一人だったのか?』
その瞬間。
黄泉津大神の瞳が揺れた。
「……」
「……わからない」
静寂。
誰も動かなかった。
「私は」
「幽世」
「怪異の母」
「夜」
「それが私」
「だから」
「……」
「わからない」
断姫が悲しそうに目を細める。
「お母さん……」
『あぁ』
はっちゃんは。
初めて。
敵を見る目ではなかった。
「いつから?」
カクリが聞く。
黄泉津大神は首を傾げる。
「……いつ?」
「わからない」
「最初から」
「いた」
「気づいたら」
「ここにいた」
「一人で」
「……」
「寂しかった?」
カクリの問い。
黄泉津大神は。
再び困った顔をする。
「寂しい?」
「それも」
「わからない」
「だから」
「娘を作った」
「夜禍」
「かわいい子」
「優しい子」
「泣き虫な子」
「私の大事な子」
夜禍の少女が涙を流す。
「お母さん……」
「でも」
黄泉津大神の目が揺れる。
「この子も」
「外に行ってしまう」
「友達を作る」
「私じゃなくなる」
「だから」
「怖い」
その言葉。
その声。
まるで。
泣いている子供だった。
「だから」
「閉じ込めようと思った」
「みんな一緒なら」
「寂しくないから」
冬華が息を呑む。
「……」
総長も目を閉じる。
「なんと哀れな……」
だが。
はっちゃんは。
静かだった。
『哀れじゃねぇよ』
「え?」
れいなが振り向く。
『ただの馬鹿だ』
黄泉津大神も。
目を丸くする。
『寂しいなら言え』
『怖いなら泣け』
『一人が嫌なら頼れ』
『それを全部飲み込んで』
『勝手に抱えて』
『勝手に苦しんで』
『勝手に暴走してんじゃねぇ』
「……」
『大馬鹿野郎だ』
断姫がクスクス笑う。
「お兄ちゃん、ひどーい」
『事実だ』
「……」
黄泉津大神は。
ポカンとしていた。
怒るでもなく。
泣くでもなく。
ただ。
不思議そうだった。
「馬鹿……?」
『あぁ』
『大馬鹿だ』
「……」
「そんなこと」
「言われたの」
「初めて」
その時。
夜禍の少女が。
恐る恐る。
黄泉津大神の着物を引っ張った。
「お母さん」
「……?」
「私」
「どこにも行かないよ」
「……」
「友達ができても」
「お母さん嫌いにならない」
「……」
「だから」
「泣かないで」
黄泉津大神の目が見開かれる。
「……」
「夜禍」
「うん」
「……」
「私」
「泣いてるの?」
頬に触れる。
そこには。
透明な涙。
「……」
「……あれ?」
「なんで?」
「なんで?」
「……」
「止まらない」
ポロポロ。
ポロポロ。
涙が零れる。
その涙から怪異は生まれない。
ただ。
透明な涙だけ。
「なんで……?」
「苦しい」
「胸が」
「痛い」
「……」
「寂しかった」
小さな声。
「寂しかったの?」
誰に聞くでもない。
自分自身への問い。
「……」
「私」
「一人だった?」
「……」
「ずっと?」
答えは。
誰も言わなかった。
言う必要がなかった。
その顔が。
全てを語っていたから。
そして。
カクリは。
そっと近付く。
「……」
黄泉津大神が顔を上げる。
「怖くない?」
「うん」
「怪異だよ?」
「うん」
「悪いことした」
「うん」
「それでも?」
「うん」
「……」
「なんで?」
カクリは。
少し考えて。
そして。
いつものように。
当たり前のことを言うように。
答えた。
「迷子だから」
その瞬間。
黄泉津大神の瞳から。
再び大粒の涙が溢れた。
「……」
「迷子」
「……」
「私」
「迷子だったの?」
カクリは頷く。
「うん」
「だから」
「一緒に帰ろう」
その言葉に。
黄泉津大神は。
生まれて初めて。
本当に。
本当に。
優しく。
泣きながら笑った。
しかし。
次の瞬間。
『……チッ』
はっちゃんが顔をしかめた。
『まだ終わってねぇ』
「え?」
すると。
最深層のさらに奥。
誰も知らない暗黒。
そこから。
ゴリッ……
と。
何か巨大なものが。
動いた。
そして。
聞こえた。
「……見つけた」
その声。
今度は。
黄泉津大神が。
青ざめていた。
「……嘘」
「なんで」
「まだ……」
「生きてたの?」
初めて。
黄泉津大神の顔に。
本物の恐怖が浮かんだ。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




