第65夜 「母なる幽世」
今日も少女は夜を歩く。
『……嘘つけ』
『テメェが笑ってる時が』
『一番怖ぇんだよ』
はっちゃんの呟き。
それを聞いた黄泉津大神は。
クスリと笑った。
「嫌ねぇ」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
「私はただ」
「家族を迎えに来ただけよ?」
優しい声。
母親のような。
安心する声。
なのに。
誰一人。
安心できなかった。
九条れいなは震えていた。
「な、なんか」
「笑ってるのに」
「怖い……」
篠崎冬華も札を握りしめる。
「圧が違います……」
「怪異とは思えない……」
総長も汗を流していた。
「神格……いや」
「神そのもの……」
断姫は。
はっちゃんの後ろに隠れていた。
「お兄ちゃん……」
『大丈夫だ』
「……うん」
だが。
はっちゃんの声にも余裕はなかった。
黄金の神気が震えている。
『なんで今更出てきやがった』
『テメェは幽世そのものだろ』
『外になんざ興味ねぇはずだ』
黄泉津大神は微笑む。
「えぇ」
「そうよ」
「本当なら」
「私はずっと眠っているつもりだった」
「でも」
「この子が泣いていたから」
優しく。
夜禍の少女を見る。
「お母さん……」
夜禍の少女は震えながら涙を流していた。
「ごめんなさい……」
「外に出ちゃった……」
「友達作っちゃった……」
「悪い子になった……」
黄泉津大神は。
本当に優しく。
慈しむように微笑んだ。
「いいのよ」
「夜禍」
「あなたは悪くない」
「全部」
「外の世界が悪いの」
「……!」
カクリが顔を上げる。
「違う」
黄泉津大神の目が。
初めてカクリを見る。
「……あなた」
「夜を歩く子」
「そう」
「違う」
カクリは夜禍の少女の前に立った。
「悪いのは」
「夜禍ちゃん」
「じゃない」
「でも」
「みんなでもない」
黄泉津大神は首を傾げる。
「なら?」
「悲しかっただけ」
「寂しかっただけ」
「だから」
「一人にしない」
夜禍の少女が泣く。
「……カクリ」
「うん」
「一緒にいる」
「……」
「帰ろう」
その瞬間。
黄泉津大神の笑顔が。
わずかに消えた。
「……」
静寂。
そして。
再び。
優しい笑顔。
「駄目よ」
「その子は」
「私の娘だもの」
「だから」
「お母さんと一緒にいなきゃ」
カクリは首を振る。
「違う」
「友達」
「……」
「家族」
「みんな」
「一緒」
黄泉津大神の目が細くなる。
「ふふ」
「変な子」
「でも」
「家族は家族といるべきでしょう?」
『その理屈が嫌いなんだよ』
はっちゃんが前に出る。
『だからテメェは嫌われんだ』
「まあ」
「神断鋏ノ命」
黄泉津大神は楽しそうに笑った。
「相変わらずね」
『あぁ』
『大嫌いだ』
「ひどいわ」
『当たり前だ』
『テメェは愛情ってやつを履き違えてる』
『愛ってのは縛ることじゃねぇ』
『見守ることだ』
黄泉津大神は。
少し驚いたような顔をした。
「……」
『子供は親のもんじゃねぇ』
『子供は子供だ』
『親が全部決めていいわけじゃねぇ』
「……」
『夜禍は夜禍だ』
『テメェの所有物じゃねぇ』
静寂。
そして。
黄泉津大神の笑顔が。
消えた。
「……そう」
空気が凍る。
圧力。
最深層全体が軋む。
「なら」
「あなた達は」
「夜禍を奪うの?」
「……!」
「私から」
「娘を奪うの?」
黒い霧。
無数の目。
無数の手。
世界が悲鳴を上げる。
「駄目です!」
冬華が叫ぶ。
「感情が暴走しています!」
総長も叫ぶ。
「まずい!」
「幽世そのものが怒っておる!」
断姫が震える。
「お兄ちゃん!」
『チッ!』
『だから言ったんだ!』
『笑ってる時が一番怖ぇって!!』
夜禍の少女も泣き出した。
「やめて!」
「お母さん!」
「やめて!」
しかし。
黄泉津大神は聞いていない。
涙を流しながら。
笑っていた。
「嫌」
「嫌」
「嫌よ」
「一人になるのは嫌」
「娘を取らないで」
「お願い」
「お願いだから」
「私を」
「置いていかないで」
「……!」
カクリは目を見開く。
その姿は。
夜禍の少女と同じだった。
泣きながら。
怯えている。
まるで。
大人になれなかった。
迷子の子供。
そして。
はっちゃんが。
信じられないものを見るような顔をした。
『……まさか』
『テメェ』
『お前も』
『ずっと』
『一人だったのか……?』
その瞬間。
泣いていた黄泉津大神の動きが。
ピタリと止まった。
「……え?」
まるで。
何千年ぶりかに。
初めて。
誰かに。
そう聞かれたかのように
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




