第64夜 「夜の果てより来るもの」
今日も少女は夜を歩く。
「……見つけた」
その声は。
夜禍のものではなかった。
誰も知らない暗闇。
誰も知らない場所。
そこで開いた一つの目。
その目は。
静かに笑っていた。
◇
最深層。
小さな少女。
夜禍の本体。
真っ黒な着物を着た少女は、差し伸べられたカクリの手を見つめていた。
「……一緒に」
「帰る?」
少女の瞳が揺れる。
「……帰る?」
「うん」
「帰る」
「でも」
「私は」
「夜」
「怪異」
「悪い子」
カクリは首を横に振った。
「悪いことした」
「うん」
「だから」
「怒る」
少女はビクリと震える。
「……」
「でも」
「一人にしない」
「だから」
「帰ろう」
少女の目から涙が零れた。
「……ほんとう?」
「うん」
「嘘じゃない?」
「うん」
「……」
「嫌いにならない?」
「ならない」
「……」
「捨てない?」
「捨てない」
「……」
少女は震える手を伸ばした。
その瞬間。
夜禍の世界全体が大きく揺れる。
ゴゴゴゴゴ……
「!?」
篠崎冬華が顔を上げる。
「何ですか!?」
総長も目を見開く。
「揺れておる!?」
断姫が周囲を見る。
「違う!」
「揺れてるんじゃない!」
「壊されてる!」
『何!?』
はっちゃんも驚く。
次の瞬間。
バキッ!!
最深層の空間そのものに亀裂が走った。
「え……?」
カクリが振り返る。
バキバキバキッ!!
無数のひび。
そして。
暗闇の向こうから。
巨大な何かが覗いていた。
夜禍の少女が顔を青くする。
「……いや」
「いや」
「来ちゃだめ」
「来ないで」
「……」
少女の震え。
恐怖。
カクリは気づいた。
この子は。
夜禍は。
“あれ”を恐れている。
『おい』
はっちゃんの声が低くなる。
『まさか』
断姫も青ざめていた。
「そんな」
「嘘……」
「まだいたの?」
九条れいなが震える。
「な、なに?」
篠崎冬華が叫ぶ。
「知っているのですか!?」
断姫は震えていた。
「お兄ちゃん……」
『あぁ』
『最悪だ』
総長が唸る。
「なんじゃ?」
はっちゃんは珍しく。
笑わなかった。
『夜禍じゃねぇ』
『もっと前だ』
『もっと古い』
『怪異ですらねぇ』
『夜禍が生まれる前からいた』
『最初の……』
バキィィィン!!
空間が砕けた。
そして。
暗闇の中から。
白い指が現れる。
人間の指。
だが。
あまりにも巨大。
山ほどもある一本の指。
それだけで。
最深層が悲鳴を上げる。
夜禍の少女は泣きながら叫んだ。
「嫌!」
「怖い!」
「嫌だ!」
「お母さん!」
「嫌だよ!」
「……!」
全員が固まった。
カクリも目を見開く。
「お母さん?」
夜禍の少女は泣いていた。
「お母さん!」
「怒らないで!」
「いい子にするから!」
「一人にしないで!」
「嫌!」
「嫌ぁぁぁぁぁ!!」
その瞬間。
暗闇の向こう。
巨大な目が開いた。
しかし。
それは夜禍の目とは違う。
優しい。
慈愛。
そして。
底知れない狂気。
「夜禍」
女の声。
優しい声。
まるで母親のような。
「どうして外に出たの?」
「どうしてお友達を作ったの?」
「どうして」
「お母さん以外と仲良くするの?」
ニコリ。
優しい笑顔。
なのに。
全員の背筋が凍る。
九条れいなが涙目になる。
「こわい……」
冬華ですら冷や汗を流す。
「この存在……」
総長も震えていた。
「馬鹿な……」
「こんなもの……」
断姫が怯える。
「お兄ちゃん……」
『……』
はっちゃんの顔から笑みが消えていた。
『久しぶりだな』
『母神』
『いや』
『全ての怪異の母』
『幽世そのもの』
『――黄泉津大神』
その名を聞いた瞬間。
夜禍の少女は。
ガタガタと震えながら。
泣き叫んだ。
「お母さん……」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……!」
そして。
暗闇の奥で。
黄泉津大神は。
優しく。
微笑んだ。
「大丈夫」
「お母さんは」
「怒ってないわ」
「だから」
「皆で」
「帰りましょう?」
しかし。
その笑顔を見たはっちゃんだけは。
冷や汗を流しながら。
静かに呟いた。
『……嘘つけ』
『テメェが笑ってる時が』
『一番怖ぇんだよ』
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




