第61夜 「二つの夜」
今日も少女は夜を歩く。
夜空の巨大な目が。
ゆっくりと。
もう一つ増えた。
ギョロリ。
二つの“夜”が同時に開く。
空そのものが裂けていく。
「……増えた?」
九条れいなが震える声で言う。
篠崎冬華は唇を噛む。
「いえ……これは増殖ではありません」
「分裂です」
総長が低く唸る。
「夜そのものが……分かれおったか」
夜禍は笑った。
「正解だ」
「神と断鋏」
「お前達は一つの夜を見ていた」
「だがそれは違う」
「夜は一枚ではない」
「層だ」
「恐怖」
「記憶」
「願い」
「絶望」
「それぞれが夜を形作る」
「そして今」
「私はそのすべてを開いた」
空が軋む。
もう一つの巨大な目が開く。
そこから降るのは黒い雨ではない。
“音”だった。
囁き。
笑い声。
泣き声。
叫び。
「帰りたい」
「怖い」
「助けて」
「一人は嫌」
無数の声が地上に降り注ぐ。
『くそが……』
はっちゃんの声が低くなる。
黄金の神気が揺れる。
『夜そのものを分けやがったか』
「そんなこと……できるの?」
カクリが問う。
『できるかじゃねぇ』
『やりやがったんだよ』
夜禍はゆっくりと腕を広げる。
「これが本当の夜だ」
「神々が封じた“裏の層”」
「人間が見ないふりをしてきた場所」
「そこにいる限り」
「誰も救われない」
ミコが震える。
「やめて……」
「もう……やめて……」
ユウも泣いている。
「怖い……」
「帰りたいのに……」
カクリは拳を握る。
「はっちゃん」
『あぁ』
「どうすればいい?」
『切る』
即答だった。
『全部まとめてぶった斬る』
冬華が眉をひそめる。
「それは危険です」
「夜そのものを切るなど……」
「世界が壊れる可能性があります」
『知るか』
はっちゃんは笑った。
だがその笑いは荒い。
無理をしている笑いだった。
『もうどうでもいい』
『あいつがいるなら』
『全部終わらせる』
その時。
断姫の声が響いた。
「ダメ!!」
全員が振り向く。
銀髪の少女。
小さな光。
断姫。
「お兄ちゃん!」
『……なんだよ』
「壊したらダメ!」
「夜は全部悪いわけじゃない!」
「怖いだけじゃない!」
「寂しいだけじゃない!」
夜空の二つの目が揺れる。
夜禍が笑う。
「ほう」
「ならばどうする?」
断姫は真っ直ぐ夜を見る。
「閉じる」
「ちゃんと」
「全部を」
「元に戻す」
『簡単に言うな』
はっちゃんが吐き捨てる。
『それができねぇからこうなってんだ』
断姫は振り向く。
「できるよ」
「だって」
「カクリちゃんがいるから」
カクリは驚く。
「え?」
断姫は笑う。
「この子」
「“夜を歩く子”でしょ?」
「夜と仲良くできる人」
夜禍が目を細める。
「面白い」
「では試してみるか」
ゴォォォォォ!!
二つの巨大な目が同時に開く。
空間がひび割れる。
現実と幽世の境界が崩壊する。
冬華が叫ぶ。
「結界維持不能!!」
総長も歯を食いしばる。
「これ以上は無理じゃ!!」
霊能者達が次々と倒れる。
精神が削られていく。
『カクリ!!』
はっちゃんの声が飛ぶ。
『来るぞ!!』
巨大な目から“光”が落ちる。
いや。
光ではない。
記憶そのものだった。
カクリの視界が再び揺れる。
◇
暗い。
冷たい。
どこまでも深い夜。
その中に。
無数の“夜哭山”が存在していた。
一つではない。
何百。
何千。
それぞれに違う夜。
違う悲鳴。
違う願い。
その中心に。
小さな子供達がいた。
ユウ。
ミコ。
そして。
見知らぬ子供達。
皆が同じ場所で泣いている。
「帰りたい」
「帰りたい」
「帰りたい」
カクリはその光景を見ていた。
「これが……夜?」
声が響く。
『そうだ』
夜禍の声。
『これが人の夜だ』
『誰も逃げられない場所』
『だから私はここにいる』
『救いではなく』
『均衡として』
カクリは一歩踏み出す。
「違う」
『何?』
「こんなの」
「夜じゃない」
「ただの」
「迷子」
その言葉に。
夜空の目が揺れる。
断姫が微笑む。
「そう!」
「迷子だよ!」
「だから」
「迎えに行こう?」
夜禍の声が低くなる。
「迎えに?」
断姫は頷く。
「うん」
「全部の夜を」
「元の場所に」
「帰すの」
はっちゃんが呟く。
『そんなもん……』
『できるわけが……』
カクリは鋏を握る。
「やる」
即答だった。
「私は」
「夜を歩く」
「なら」
「夜の全部を知る」
断姫が笑う。
「うん!」
夜空の二つの目が大きく開く。
夜禍がゆっくりと笑う。
「ならば」
「見せてやろう」
「夜の“最深層”を」
空が裂ける。
その奥から。
さらにもう一つの目が。
静かに。
開こうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




