第60夜 「泣かないで、お兄ちゃん」
今日も少女は夜を歩く。
「お兄ちゃん」
「泣かないで?」
黄金の光の中。
銀髪の少女が優しく微笑んでいた。
その姿を見た瞬間。
はっちゃんの全身が震えた。
『……』
誰も声を出せなかった。
篠崎冬華も。
九条れいなも。
総長も。
そして宵町カクリも。
今までどんな怪異を前にしても豪快に笑い飛ばしていた鋏の神。
そのはっちゃんが。
泣いていた。
『……断姫』
少女は微笑む。
「うん」
『……』
「久しぶり」
『違う』
はっちゃんの声は震えていた。
『違う!!』
『テメェは断姫じゃねぇ!!』
夜禍が笑う。
「ほう?」
「見破るか」
少女の姿が溶ける。
銀髪が黒く染まる。
顔が崩れる。
目が増える。
無数の口。
無数の目。
そして。
夜禍が笑っていた。
「惜しかったな」
『……テメェ』
黄金の神気。
凄まじい圧力。
「怒るな」
「思い出させてやっただけだ」
「お前は忘れようとしていた」
「妹を」
「主を」
「自分の罪を」
『黙れ』
「断姫を殺したのは」
「誰だった?」
『黙れ』
「お前だ」
『黙れぇぇぇ!!』
黄金が爆発する。
夜空が揺れる。
山が震える。
九条れいなが転びそうになる。
「わわっ!」
冬華も驚く。
「これほどの神気……」
しかし。
夜禍は笑う。
「逃げるな」
「神」
「思い出せ」
その瞬間。
はっちゃんの中。
封じていた記憶が溢れ出した。
◇
遠い昔。
まだ人が今ほどいなかった頃。
神々の時代。
神断鋏ノ命。
断姫。
そして一人の巫女。
三人は家族のように暮らしていた。
人の願いを守り。
怪異を断ち。
人々を救っていた。
断姫は明るかった。
「お兄ちゃん!」
「また遊ぼ!」
「お姉ちゃん!」
「お団子!」
「わーい!」
巫女も笑う。
「ふふ」
「二人とも元気ですね」
幸せだった。
しかし。
夜禍は現れた。
怪異の王。
夜そのもの。
神々ですら恐れる存在。
「お兄ちゃん」
「怖いよ」
泣く断姫。
巫女も傷ついていた。
そして。
夜禍は囁いた。
「選べ」
「どちらか一人」
「一人しか救えない」
「神」
「お前なら」
「どちらを切る?」
絶望。
葛藤。
そして。
神断鋏ノ命は。
決断した。
『……』
『すまねぇ』
『断姫』
涙。
断姫は泣かなかった。
笑っていた。
「うん!」
「大丈夫!」
「お兄ちゃん!」
「泣かないで!」
「私」
「お兄ちゃん大好きだから!」
そして。
鋏が振るわれた。
断姫は消えた。
夜禍は封印された。
だが。
神断鋏ノ命の心は壊れた。
「……」
記憶が終わる。
現実。
夜哭山。
はっちゃんは震えていた。
『……そうだ』
『思い出した』
『全部』
カクリが小さく呟く。
「はっちゃん……」
『オレは』
『妹を殺した』
『最低の兄貴だ』
『笑えねぇだろ?』
「笑わない」
『……』
「だって」
カクリは巨大断ち鋏を両手で握る。
「泣いてる」
「え?」
「はっちゃん」
「泣いてる」
「だから」
「笑えない」
『……』
「それに」
「断姫ちゃん」
「最後まで」
「はっちゃんのこと好きだった」
『……!』
「だから」
「最低なんかじゃない」
「断姫ちゃんが怒る」
『……』
「お兄ちゃん泣かないで」
「そう言ったんでしょ?」
黄金の光。
その中。
一瞬。
銀髪の少女が現れた。
今度は偽物じゃない。
優しい笑顔。
「うん!」
「カクリちゃんの言う通り!」
『……断姫』
「久しぶり!」
『……』
「泣き虫」
『……馬鹿野郎』
「えへへ」
「私」
「怒ってないよ?」
「だって」
「お兄ちゃんだもん!」
「それに」
「まだ終わってないよ!」
断姫は夜禍を見る。
初めて。
笑顔が消えた。
「アイツ」
「嫌い」
「私の大好きな人達を泣かせた」
「だから」
「お兄ちゃん!」
「今度は間違えないで!」
『……』
神断鋏ノ命。
いや。
はっちゃんが笑った。
涙を流しながら。
いつものように。
豪快に。
『へへっ』
『言われなくてもだ』
黄金が変わる。
さらに強く。
さらに眩しく。
夜禍が初めて目を細めた。
「……ほう」
『夜禍』
『今度こそ』
『テメェをぶった斬る!!』
夜空が震える。
巨大な目が揺れる。
そして。
夜禍は笑った。
「ならば」
「見せてやろう」
「真の夜を」
その瞬間。
夜空の巨大な目が。
ゆっくりと。
二つに増えた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




