第56夜 「忘れられていた約束」
今日も少女は夜を歩く。
ピシィィッ!!
怪物の中心。
千の目の奥深くに走った亀裂がさらに大きく広がる。
ゴォォォォォォォォォ!!
山を揺るがす咆哮。
しかし、それは怒りではなかった。
悲鳴だった。
泣き叫ぶ子供のような声。
「ミコちゃん……」
宵町カクリは白い少女を見る。
夜哭ミコ。
五十年前に消えた少女。
そして。
幼い頃。
確かに出会った友達。
「……カクリちゃん」
ミコも涙を流していた。
「思い出してくれたの?」
「うん」
「ユズキちゃんも?」
怪物の中心。
黒い泥の中に埋もれていたユズキが微笑む。
「覚えてるよ」
「ミコちゃん」
「また会えたね」
その瞬間。
ミコの目から大粒の涙が溢れ出した。
「うわぁぁぁん!!」
五十年間。
閉じ込められていた少女。
ずっと一人だった少女。
「会いたかったよぉ……」
「ずっと……」
「ずっと待ってた……」
カクリは優しく抱きしめる。
「ごめん」
「忘れてた」
「でも、思い出した」
ミコは泣きながら首を振った。
「ううん」
「いいの」
「思い出してくれた」
「それだけで……」
ゴォォォォォォ!!
怪物が再び咆哮する。
無数の目から黒い涙が流れ落ちる。
『……まだ終わってねぇ』
はっちゃんが低く言う。
『あの化け物そのものは残ってる』
篠崎冬華も頷いた。
「はい」
「中心部が不安定になっています」
「ですが」
「このままでは暴走します」
総長も険しい顔をしていた。
「下手をすれば山ごと吹き飛ぶ」
「……」
その時。
ミコが振り向く。
「お父さん……」
怪物を見る。
「苦しいんだ」
「ずっと」
「みんなも」
「帰れなくて」
「寂しくて」
「泣いてる」
住民達を見る。
先程まで笑っていた人々。
今は皆、泣いていた。
「帰りたい」
「お家に」
「お父さん」
「お母さん」
「寒いよ」
「助けて」
その声に。
霊能者達も沈黙する。
敵。
そう思っていた存在。
しかし。
彼らはただ。
帰れなくなった人達だった。
『チッ』
はっちゃんが舌打ちする。
『胸糞悪ぃ話だぜ』
「……はっちゃん」
『なんだ』
「助けられる?」
鋏は少し沈黙した。
そして。
『できるかもしれねぇ』
「!」
『だが』
『簡単じゃねぇ』
「やる」
即答だった。
『……へっ』
『そう言うと思ったぜ』
はっちゃんの身体が赤黒い光を放つ。
『オレは断ち鋏』
『切ることが役目だ』
『縁も』
『呪いも』
『運命も』
『全部ぶった切る』
『だがよ』
『今回切るのは』
『悲しみそのものだ』
その言葉に。
冬華も驚く。
「そんなことが」
『できるかどうかは知らねぇ』
『だから面白ぇんだろ』
「はっちゃん……」
『カクリ』
「うん」
『力貸せ』
「もちろん!」
その時。
ユズキの声が響く。
「カクリ!」
「姉ちゃん!」
「怪物の中心に」
「一つだけ」
「本当の目がある!」
「本当の目?」
「うん」
「そこに」
「みんなの悲しみが集まってる」
「そこを切れば……」
ゴォォォォォ!!
怪物が暴れる。
亀裂から黒い泥が噴き出す。
大地が揺れる。
空が割れる。
無数の腕が伸び始める。
冬華が叫ぶ。
「まずい!」
「暴走します!!」
総長も声を上げる。
「結界班!」
「総員退避!」
しかし。
ミコが震えた。
「だめ!」
「暴走したら」
「みんな消えちゃう!」
「お父さんも!」
「村のみんなも!」
その言葉に。
カクリは巨大断ち鋏を握りしめる。
「なら」
「助ける」
「全部」
冬華が驚く。
「全部?」
「うん」
「倒すんじゃない」
「助ける」
『へへっ』
はっちゃんが笑う。
『やっぱりお前さんはそう言うよな』
九条れいなも前に出た。
「私も!」
「お友達だもん!」
「助けたい!」
冬華も静かに札を構える。
「全く」
「困った子達ですね」
「ですが」
「嫌いではありません」
霊能者達も武器を構える。
総長が笑った。
「若い者に負けてられんのぉ」
ゴォォォォォ!!
怪物がついに立ち上がる。
夜哭山全体より巨大な身体。
千の目。
無数の腕。
そして。
その胸の奥。
一つだけ。
赤く輝く目。
『アレだ!!』
はっちゃんが叫ぶ。
『本当の目!!』
カクリは頷く。
「行くよ!」
「はっちゃん!」
『おうよ!!』
「みんな!」
「助ける!!」
そして。
巨大断ち鋏を握った少女は。
泣き続ける怪物へ向かって。
再び駆け出した。
その時。
怪物の胸の奥。
赤い目が。
ゆっくりと開いた。
そして。
誰も知らない。
幼い男の子の声が響いた。
「……ねぇ」
「まだ」
「遊んでくれる?」
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次回もお楽しみに




