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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第54夜 「入口の記憶」



今日も少女は夜を歩く。


「帰ろう」


山そのものがそう言った瞬間、空気がひっくり返った。


宵町カクリの視界が歪む。


地面が遠ざかり、空が近づく。


いや違う。


上下の感覚が崩れている。


怪物の千の目が一斉に収束し、カクリを“見た”のではなく、“認識した”。


ギョロリ。


世界が揺れる。


「カクリ!!」


はっちゃんの声が遠い。


『意識保て!!』


しかし声は途切れ途切れになる。


霊能者達の叫びも、冬華の指示も、すべて遠くの雑音に変わっていく。


その中で、姉の声だけが異様に鮮明だった。


「……来ちゃだめ」


宵町ユズキの声。


優しい。


苦しい。


「戻れなくなるから」


カクリは歯を食いしばる。


「戻る!!」


叫びは届いているのか分からない。


それでも叫ぶしかなかった。


その瞬間。


世界が一枚剥がれた。



気付くと、カクリは立っていた。


森でもない。


村でもない。


夜哭山でもない。


そこは。


廃れた神社のような場所だった。


だが違う。


もっと古い。


もっと歪んでいる。


鳥居が無数に折れ曲がり、空間に突き刺さっている。


石段は途中で途切れ、空中へ続いている。


「……ここ」


カクリは周囲を見渡す。


はっちゃんの気配が薄い。


『カクリ……聞こえるか』


遠い声。


「はっちゃん!」


『完全には繋がってねぇ……だが場所は分かる……そこは……』


ノイズ。


途切れる。


「はっちゃん!?」


返事はない。


代わりに。


足音。


コツ。


コツ。


後ろから。


カクリは振り向く。


そこにいたのは白い少女だった。


「やっと」


少女は息を吐く。


「ここまで来た」


「ここはどこ」


少女は少しだけ悲しそうに笑う。


「入口」


「入口?」


「帰るための」


少女は鳥居を見上げる。


そこには“門”のようなものがあった。


空間に裂けた巨大な穴。


その向こう側は見えない。


ただ黒い。


だが時折、無数の目が瞬いている。


カクリは息を呑む。


「これが……」


少女は頷く。


「全部の始まり」


「姉ちゃんは?」


少女は目を伏せる。


「中」


短い言葉。


だが重い。


カクリは拳を握る。


「助ける」


即答だった。


少女は首を横に振る。


「今行ったら」


「戻れない」


「それでもいい」


少女は驚いたようにカクリを見る。


「どうして」


「姉ちゃんだから」


その言葉に、少女は少しだけ目を細めた。


「……そっか」


そして。


ゆっくりと手を伸ばす。


「じゃあ」


「これを」


少女の手の中に、小さな鈴があった。


錆びた鈴。


しかし妙に存在感がある。


「何これ」


「“繋ぎ”」


少女は言う。


「入口を通るための」


「でも一回しか使えない」


カクリは鈴を握る。


冷たい。


だが確かに“何か”が通っている感覚がある。


その時。


空間が揺れた。


ゴォォォォォ……


遠くから咆哮。


怪物の声。


少女の顔が強張る。


「来る」


「何が」


少女は答えない。


ただ空を見上げる。


鳥居の向こう。


黒い裂け目が広がる。


そして。


そこから“目”が覗いた。


ギョロリ。


一つではない。


数十。


数百。


世界そのものがこちらを見ている。


『カクリ!!』


かすかに声。


はっちゃんの声だ。


「はっちゃん!」


『そこは“内側”だ!!』


「内側?」


『怪異の内部じゃねぇ……もっと深い!!』


少女が震える。


「間に合わない……」


「まだ」


カクリは鈴を握りしめる。


「間に合う」


その瞬間。


鈴が鳴った。


チリン。


澄んだ音。


空間が一瞬だけ静止する。


目が止まる。


裂け目が揺れる。


少女が驚く。


「それ……」


「動いた」


カクリは走り出す。


鳥居へ向かって。


少女が叫ぶ。


「待って!!」


しかし止まらない。


一歩踏み込んだ瞬間。


世界が割れた。



再び。


音が戻る。


叫び。


爆発音。


霊力の衝突。


現実の戦場。


夜哭山の麓。


怪物の足元。


カクリは戻っていた。


だが景色は変わっている。


霊能者達の結界は半壊。


地面はひび割れ、森は焼け焦げている。


そして。


怪物の千の目がさらに開いていた。


「戻った……!」


冬華が叫ぶ。


「どこに行っていたのですか!」


カクリは答えない。


ただ怪物を見上げる。


「姉ちゃんは中だ」


冬華が息を呑む。


「やはり……」


その時。


怪物の中心。


ユズキの声が再び響いた。


「カクリ……」


「来ないで」


「お願い……」


だが今度は違った。


その声の奥に。


もう一つの声が混じっていた。


低い。


重い。


無数の声。


「帰れ」


「帰れ」


「帰れ」


怪物が動く。


腕が広がる。


世界が飲み込まれていく。


白い少女が叫ぶ。


「もうすぐ“完全に閉じる”!!」


「閉じる?」


「入口が!!」


その瞬間。


カクリの手の中の鈴が再び鳴った。


チリン。


そして。


姉の声がはっきり聞こえた。


「カクリ」


「信じて」


その言葉と同時。


怪物の中心で。


何かが“割れた”。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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