第52夜 「千の眼」
今日も少女は夜を歩く。
ドン。
ドン。
ドン。
石段の奥。
闇の中から現れた巨大な影。
その姿を見た者達は言葉を失った。
理解できない。
脳が認識を拒絶する。
それは人の形をしていた。
いや。
人に似ているだけだった。
異様に長い腕。
歪んだ胴体。
木の根のように絡み合う無数の足。
そして。
全身にびっしりと存在する目。
目。
目。
目。
数えきれないほどの目。
まるで何千人もの視線が一つの肉体に押し込められているようだった。
その目が。
一斉に開く。
ギョロリ。
「……っ!」
れいなが悲鳴を飲み込んだ。
何人もの霊能者が膝をつく。
頭痛。
吐き気。
恐怖。
本能が叫んでいた。
見てはいけない。
関わってはいけない。
逃げろ。
逃げろ。
逃げろ。
『クソッ!!』
はっちゃんが叫ぶ。
『見るな!!』
カクリも咄嗟に目を逸らした。
しかし。
遅かった。
耳鳴り。
頭痛。
そして。
知らない記憶。
村。
笑い声。
夕暮れ。
食卓。
「お父さん!」
知らない少女の声。
知らない家。
知らない記憶。
「……!」
カクリは頭を押さえる。
『カクリ!』
「大丈夫!」
だが。
周囲の霊能者達は違った。
一人。
また一人。
ふらふらと立ち上がる。
「帰らなきゃ」
「お父さんが待ってる」
「そうだ」
「帰ろう」
目が虚ろだった。
総長が叫ぶ。
「正気に戻れ!!」
しかし。
三人の霊能者が鳥居へ向かって歩き出す。
その瞬間。
白い少女が叫んだ。
「ダメ!!」
パァァァッ!
少女の身体から白い光が溢れる。
三人の霊能者が倒れた。
「……はぁ……」
少女は苦しそうに膝をつく。
「もう……そんなに……」
限界が近い。
カクリは少女を支える。
「大丈夫!?」
「……うん」
震えている。
身体が透け始めていた。
『おい嬢ちゃん』
はっちゃんが怪物を睨む。
『アレはなんだ』
少女は恐怖に震えていた。
「……みんな」
「?」
「みんなが……集まったもの」
「集まった?」
少女は泣いていた。
「あの村の人達」
「……!」
「五十年前」
「みんな」
「帰れなくなった」
怪物が動く。
ドン。
地面が揺れる。
住民達が歓喜する。
「お父さん!」
「お父さん!」
「お父さん!」
狂気の歓声。
冬華が札を放つ。
無数の霊符が怪物へ飛ぶ。
しかし。
バチィン!!
目の一つが開く。
それだけで。
札が燃え尽きた。
「なっ!?」
「効かない……!」
上級霊能者達も攻撃する。
刀。
術式。
結界。
全て。
目が一つ開くだけで消えていく。
絶望的だった。
『ふざけんな……』
はっちゃんの声が低くなる。
『神格持ちかよ』
「神格?」
カクリが驚く。
『いや……違う』
『こんなの神じゃねぇ』
『ただの化け物だ』
その時。
怪物の千の目の一つ。
その中央に。
何かが見えた。
「……人?」
カクリが目を細める。
そこにいた。
誰かが。
少女だった。
長い黒髪。
眠っている。
そして。
見覚えがあった。
「……え?」
鼓動が止まる。
信じられない。
「お姉ちゃん……?」
宵町カクリの声が震えた。
怪物の中心。
千の目の奥。
そこには。
姉。
宵町ユズキが眠っていた。
「なんで……」
『おい!』
はっちゃんも驚愕する。
『どういうことだ!!』
白い少女が泣きながら叫ぶ。
「だから!」
「助けてって言ったの!」
「お姉ちゃんを!!」
「今度こそ!!」
その瞬間。
怪物の全ての目が。
一斉に。
カクリを見た。
ギョロリ。
山が震える。
空が揺れる。
そして。
怪物の口が。
初めて開いた。
「……か……く……り……」
全員が凍り付く。
その声は。
怪物のものではなかった。
優しくて。
懐かしくて。
誰よりも知っている。
宵町ユズキの声だった。
「……逃げて……」
涙混じりの声。
「お願い……」
「来ちゃ……だめ……」
その言葉と共に。
怪物の身体の奥から。
何百本もの腕が伸び始めた。
まるで。
眠る少女を再び飲み込むかのように。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




