第51夜 「鳥居の向こう」
今日も少女は夜を歩く。
ドォォォォォォォォォォン―――。
夜哭山全体を揺らすような重低音。
鳥居が軋む。
地面が震える。
木々が激しく揺れ、葉が吹き飛んでいく。
宵町カクリは巨大断ち鋏を握り締めた。
石段の先。
闇の奥。
何かがいる。
見えない。
しかし。
いる。
それだけは全員が理解していた。
『チッ』
はっちゃんが舌打ちする。
『見えねぇ』
篠崎冬華も札を構える。
「全員、防御態勢!」
周囲の霊能者達が一斉に武器を抜いた。
霊符。
数珠。
刀。
槍。
それぞれの霊具を構える。
しかし。
誰も動けない。
圧倒的な気配。
それだけで身体が重い。
九条れいなも震えていた。
「な、なに……これ……」
「れいなちゃん」
「う、うん……」
カクリが隣に立つ。
その瞬間。
白い少女が叫んだ。
「入っちゃダメ!!」
全員が振り向く。
少女は涙を流していた。
「まだ!!」
「え?」
「まだ目が開いてないの!」
その言葉と同時。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な気配が止まった。
咆哮も消える。
森が静まり返った。
不気味なほどの沈黙。
『止まった……?』
はっちゃんも戸惑っている。
白い少女は胸を押さえていた。
「まだ……間に合う……」
「何が」
カクリが近付く。
「教えて」
少女は苦しそうに顔を歪めた。
「みんな……帰れなくなっちゃった」
「帰れなく?」
「うん……」
少女は鳥居を見上げる。
「昔……この村のみんなは……」
しかし。
そこまでだった。
突然。
「おかえり」
周囲の住民達が一斉に声を上げた。
「おかえり」
「おかえり」
「おかえり」
「おかえり」
何百。
何千もの声。
その全てが重なっていく。
「帰ろう」
「帰ろう」
「帰ろう」
「帰ろう」
笑顔。
笑顔。
笑顔。
全て同じ顔。
全て同じ笑顔。
そして。
全員が鳥居へ歩き始めた。
「!」
「止まりなさい!」
冬華が札を放つ。
霊符が飛ぶ。
しかし。
住民達は消えない。
止まらない。
ただ笑顔で歩く。
「おかえり」
「おかえり」
「帰ろう」
「帰ろう」
『こいつら怪異じゃねぇ!?』
はっちゃんが驚愕する。
確かに。
手応えがない。
呪いでもない。
霊でもない。
なのに存在している。
理解できない。
その時。
一人の上級霊能者が叫んだ。
「先行班!」
全員が見る。
住民達の中。
歩いている人影。
三人。
見覚えのある装束。
監視班の霊能者達だった。
「生きていたのか!」
一人が駆け寄る。
しかし。
カクリの顔色が変わる。
「待って!」
遅かった。
振り向いた監視班の顔。
全員。
同じ顔だった。
「!!」
「なっ……」
霊能者達が凍り付く。
監視班だったものは笑っていた。
「おかえり」
「一緒に帰ろう」
「楽しいよ」
異様な声。
次の瞬間。
その身体が崩れた。
ドロリ。
まるで泥人形のように溶ける。
そして。
再び人の形になった。
同じ顔。
同じ笑顔。
「ひっ……」
誰かが悲鳴を上げた。
れいなの顔も青い。
『気味悪ぃ野郎共だ』
はっちゃんが唸る。
その時。
白い少女が震え始めた。
「ダメ……」
「?」
「来る」
「え?」
少女の瞳が恐怖で揺れる。
「見ちゃダメ……」
ゴォォォォォォォォ……。
再び。
石段の奥から音。
今度は足音。
ドン。
ドン。
ドン。
一歩。
踏み出す度に山が揺れる。
住民達が一斉に跪いた。
「お父さん」
「お父さん」
「お父さん」
「お父さん」
無数の声。
『お父さんだと?』
はっちゃんの声が変わる。
白い少女は泣いていた。
「嫌……」
「……知ってるの?」
カクリの問い。
少女は小さく頷く。
「知ってる」
「誰なの」
「……私達の」
少女は震える声で答えた。
「本当のお父さん」
その瞬間。
巨大な影が。
ゆっくりと石段の上に現れ始めた。
だが。
その姿を見た瞬間。
誰もが理解できなかった。
大きすぎる。
歪すぎる。
脳が認識を拒絶する。
「……え?」
れいなが呆然とする。
冬華ですら言葉を失った。
総長の顔から血の気が引く。
そして。
はっちゃんだけが。
信じられないものを見るように震えていた。
『嘘だろ……』
かつてないほどの恐怖。
『なんで……』
『なんでアイツがここにいやがる……!!』
巨大な影の中で。
無数の目が。
ゆっくりと開き始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




