第48夜 「夜哭山へ」
今日も少女は夜を歩く。
夜哭山。
その名が告げられてから館の空気は完全に変わっていた。
廊下を走る霊能者達。
飛び交う指示。
運ばれる霊符や武具。
館全体が巨大な巣のように動き始めている。
宵町カクリはその様子を見ていた。
これまでの怪異討伐とは規模が違う。
誰の目にも明らかだった。
篠崎冬華が地図を広げる。
周囲には数名の上級霊能者。
そしてカクリ達もいた。
「夜哭山はこの地域最大の霊脈の上にあります」
冬華が説明を始める。
地図には黒い印が幾つも描かれていた。
「現在確認されている異常地点は六箇所」
「多いね」
九条れいなが呟く。
「はい」
冬華は頷く。
「既に一般人の立入は禁止されています」
「監視班は?」
カクリが聞く。
「消息不明です」
短い返答。
その意味は重い。
生きている保証はない。
『嫌な予感しかしねぇな』
はっちゃんが低く言う。
総長も腕を組んでいた。
「昔の記録にも似た事例がある」
全員が耳を傾ける。
「夜哭山では昔から失踪が起きておった」
「怪異によるものですか」
「不明じゃ」
総長は静かに言う。
「ただな」
少しだけ目を細めた。
「失踪した者達には共通点があった」
「共通点?」
れいなが首を傾げる。
総長は答える。
「全員」
一拍置く。
「夜中に子供の笑い声を聞いておった」
その瞬間。
カクリの脳裏に白い少女が浮かぶ。
クスクス。
クスクス。
あの笑い声。
偶然ではない。
そう確信した。
その時だった。
館の窓が震えた。
ゴォォォォォォォォッ!!
山から再び咆哮が響く。
館全体が揺れる。
何人かの霊能者が顔を強張らせた。
「大きくなってる......」
れいなが呟く。
冬華も険しい顔だった。
「急ぎます」
準備は始まった。
◇
三十分後。
館の前。
大型車両が並んでいた。
装甲車にも見える頑丈な車。
霊能者達が次々と乗り込んでいく。
カクリも車へ向かった。
『本当に行くのか』
はっちゃんが聞く。
「行く」
即答だった。
『だろうな』
はっちゃんは笑う。
『聞くだけ無駄だったぜ』
車内。
れいなも隣に座る。
少し緊張しているらしい。
珍しく静かだった。
「怖い?」
カクリが聞く。
れいなは少し考える。
そして笑った。
「うん!」
「......」
「でも頑張る!」
いつものれいなだった。
カクリも少しだけ安心する。
やがて車が発進した。
館を離れていく。
夜の道路。
街灯が流れていく。
住宅街を抜ける。
商店街を抜ける。
そして。
徐々に山道へ入った。
外は暗い。
月明かりしかない。
山が近付くにつれて空気も変わり始める。
冷たい。
重い。
息苦しい。
まるで見えない何かが空気の中に混ざっているようだった。
「......」
カクリは窓の外を見る。
その瞬間。
目を見開いた。
山の斜面。
木々の間。
誰かが立っている。
白い少女だった。
「!」
車は走っている。
だが少女ははっきり見えた。
じっとこちらを見ている。
そして。
微笑んでいた。
「どうした?」
冬華が気付く。
「いた」
「何がです?」
「あの子」
全員が外を見る。
しかし。
もう誰もいない。
木々だけ。
闇だけ。
『またか』
はっちゃんが唸る。
「絶対いた」
『わかってる』
はっちゃんも感じていた。
あの気配を。
だが。
それ以上追及する時間はなかった。
前方から無線が入る。
ノイズ混じりの声。
『先行班より報告!』
全員が緊張する。
『山の入口に到着!』
声が震えていた。
『ですが異常です!』
「報告を」
冬華が応じる。
数秒の沈黙。
そして。
無線の向こうで誰かが叫んだ。
『村があるんです!』
車内が静まり返る。
「村?」
『はい!』
混乱した声だった。
『地図にない村です!』
誰も言葉を発しない。
『家があります!』
『畑があります!』
『明かりもついてます!』
「住民は?」
冬華が聞く。
無線の向こうで誰かが息を呑む。
そして。
震える声で答えた。
『います』
「何人ですか」
『わかりません』
「確認を」
再び沈黙。
しばらくして。
返答が返る。
だが。
その声は先ほどよりも怯えていた。
『全員』
「?」
『全員同じ顔です』
空気が凍った。
れいなが息を呑む。
カクリも無意識に拳を握る。
『男も女も』
『老人も子供も』
『全員同じ顔なんです!』
ノイズが走る。
ザザッ。
ザザザザッ。
そして。
聞き覚えのある笑い声が混ざった。
クスクス。
クスクス。
『――ッ!?』
無線の向こうで悲鳴。
続いて何かが倒れる音。
そして通信が切れた。
ブツン。
沈黙。
誰も喋らない。
車内の空気が重くなる。
冬華は静かに言った。
「到着後、即座に現地確認を行います」
総長も頷く。
「全員警戒を最大にせよ」
夜哭山は目前だった。
そしてその山の奥では。
五十年前に消えたはずの村が。
まるで何事もなかったかのように。
月明かりの下で静かに存在していた。
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次回もお楽しみに




