第42夜 「束の間の朝」
今日も少女は夜を歩く。
夢見電車異変が解決してから数日。
久しぶりに平穏な時間が流れていた。
少なくとも表面上は。
朝。
カーテンの隙間から差し込む光で宵町カクリは目を覚ました。
ゆっくりと身体を起こす。
時計を見る。
学校へ行く準備を始める時間だった。
「......朝」
眠そうな声が漏れる。
数秒だけぼんやりしてから布団を畳む。
制服へ着替える。
ランドセルを確認する。
いつも通り。
普通の小学生の朝。
だが。
机の上で鋏のキーホルダーが喋った。
『朝から元気ねぇな』
「......眠い」
『夜中まで怪異追っかけてりゃ当然だ』
はっちゃんが呆れたように言う。
カクリは欠伸をした。
「昨日は何も出なかった」
『それは良いことだろ』
「そうだけど」
少しだけ不満そうだった。
はっちゃんは笑う。
『へへっ、すっかり戦闘狂だな』
「違う」
即答だった。
「早く見つけたいだけ」
『姉ちゃん襲った怪異か』
「うん」
カクリは窓の外を見る。
青空だった。
平和な朝。
でも。
あの日のことは忘れていない。
病院のベッド。
苦しそうな姉。
残された呪いの痕。
まだ終わっていない。
むしろ始まったばかりだった。
『焦るな』
はっちゃんが珍しく真面目な声を出す。
『強い怪異ほど尻尾を隠す』
「......」
『そのうち見つかる』
カクリは小さく頷いた。
階段を下りる。
朝食の匂いが漂っている。
母親が振り向いた。
「おはよう、カクリ」
「おはよう」
父親も新聞から顔を上げる。
「今日はちゃんと起きたな」
「いつも起きてる」
「そうだったか?」
少しだけ笑い声が起こる。
何気ない朝。
カクリはその時間を大切だと思った。
以前なら何も感じなかった。
けれど。
幽世を知った今ならわかる。
こういう日常は簡単に壊れる。
だから守りたい。
そう思った。
朝食を終え。
ランドセルを背負う。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
家を出る。
朝の風が心地良い。
通学路には登校する子供達がいた。
自転車。
犬の散歩。
近所の人達。
どこにでもある風景。
その中を歩いていると。
遠くから元気な声が聞こえた。
「おーい!」
聞き慣れた声。
九条れいなだった。
元気よく手を振っている。
「カクリちゃーん!」
「......おはよう」
「おはよー!」
れいなは駆け寄ってきた。
朝から全力だった。
『元気だな』
はっちゃんが呟く。
「今日も元気だね」
「もちろん!」
れいなが胸を張る。
「なんたって平和だから!」
その言葉にカクリとはっちゃんは顔を見合わせた。
平和。
確かにそうだ。
少なくとも今は。
れいなは嬉しそうに続ける。
「夢見電車も終わったし!」
「うん」
「みんな無事だったし!」
「うん」
「今日は絶対良い日だよ!」
カクリは少しだけ笑った。
本当にそうならいいと思った。
二人は並んで歩き出す。
通学路。
朝日。
子供達の声。
平和な時間。
だが。
その時だった。
はっちゃんが急に黙った。
「?」
カクリが首を傾げる。
キーホルダーは動かない。
珍しい。
「はっちゃん?」
返事がない。
数秒後。
低い声が頭の中へ響いた。
『カクリ』
その声にカクリは足を止めた。
『今』
『見たか?』
「......何を」
『あの電柱の影』
カクリは視線を向ける。
誰もいない。
普通の電柱。
普通の影。
「何も」
『そうか』
はっちゃんは黙る。
だが。
その声は緊張していた。
カクリは気付く。
『気のせいならいい』
「......?」
『だが』
はっちゃんの声がさらに低くなる。
『今』
『強い呪いの気配がした』
カクリの表情が変わる。
れいなも異変に気付いた。
「どうしたの?」
「......」
答えない。
代わりにはっちゃんが続ける。
『一瞬だった』
『だが間違いねぇ』
『夢見電車の怪異なんかより遥かに濃い』
空気が変わる。
朝の平和な景色。
子供達の笑い声。
青空。
それらが急に遠く感じた。
カクリは電柱の影を見る。
誰もいない。
何もない。
けれど。
確かに。
何かがいた気がした。
そして。
どこからともなく。
聞き覚えのない笑い声が聞こえた気がした。
クスクス。
クスクス。
まるで。
獲物を見つけたような笑い声が。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




