第41夜 「終着駅」
今日も少女は夜を歩く。
「......帰りたい」
猿夢の少女が呟く。
「みんなのところに」
その声はとても小さかった。
けれど。
迷子回収場にいる全員へ確かに届いていた。
少女の身体が淡く光り始める。
黒かった呪気が少しずつ薄れていく。
触角ヘアにしがみついていた小猿達も静かだった。
キー......。
キーッ......。
どこか寂しそうな鳴き声。
それは別れを惜しむ声にも聞こえた。
迷子回収場全体が揺れる。
天井の闇が崩れ始める。
壁が透けていく。
床に散らばっていた切符も光へ変わっていた。
篠崎冬華が周囲を見回した。
「異界が消滅を始めています」
霊能者達が警戒する。
しかし攻撃の気配はない。
怪異が暴走しているわけでもない。
長年続いていた呪いそのものが終わろうとしていた。
「終わるの......?」
れいなが呟く。
冬華は静かに頷いた。
「おそらく」
少女は自分の手を見つめる。
身体が透け始めている。
怪異として存在していた核が消え始めているのだ。
「私......」
不思議そうに呟く。
「消えるんだ」
怖がる様子はなかった。
むしろ。
どこか安堵しているようにも見えた。
カクリは少女の前に立つ。
少女が顔を上げる。
「......なに?」
「聞きたいことがある」
「?」
「名前」
少女が目を丸くした。
「名前?」
「うん」
カクリは頷く。
「呼ばれてた名前」
少女は少し考えた。
長い長い時間。
怪異として生きてきた。
その間。
誰にも呼ばれなかった名前。
思い出すのにも時間がかかった。
やがて。
小さく口を開く。
「モモ」
その名前が零れた瞬間。
小猿達が反応した。
キーッ!
キーッ!
嬉しそうな鳴き声。
少女――モモは少しだけ笑った。
「そうだった」
「私」
「モモだった」
忘れていた。
怪異になるほど長い年月の中で。
自分の名前さえ。
「モモ」
カクリが呼ぶ。
「ん」
「帰れるといいね」
その言葉にモモは目を見開いた。
そして。
少しだけ泣きそうな顔をする。
「うん」
小さく頷いた。
その時だった。
遠くから音が聞こえた。
ガタン。
ゴトン。
ガタン。
列車の走る音。
全員が振り向く。
迷子回収場の奥。
闇の向こう。
光が見えた。
古びたホーム。
小さな駅。
夕暮れ色の空。
そこに一台の列車が停まっている。
「......駅?」
れいなが呟く。
冬華も目を細める。
「あれは」
誰も知らない駅だった。
看板もない。
名前もない。
けれど。
どこか温かい。
懐かしい場所だった。
モモの瞳が揺れる。
ホームにはたくさんの影が立っていた。
猿達。
動物達。
犬。
猫。
鳥。
そして。
たくさんの仲間達。
みんな笑っている。
みんな待っている。
モモの身体が震えた。
「みんな......」
声が掠れる。
ホームの向こうから一匹の老猿が手を振る。
見覚えがあった。
仲間だった。
一緒にお猿の電車を走らせた仲間。
何十年も前に死んだはずの仲間。
「......!」
モモの瞳から涙が溢れる。
「待ってたぞ」
そんな声が聞こえた気がした。
「モモ」
「帰ろう」
また別の声。
懐かしい声。
忘れたことなんて一度もなかった声。
モモは泣きながら笑う。
「うん」
一歩。
前へ進む。
身体が光になる。
二歩。
また前へ進む。
小猿達も後を追う。
キーッ!
キーッ!
楽しそうな声。
昔のお猿の電車みたいに。
みんなで。
一緒に。
そして。
ホームへ辿り着いた時。
モモが振り返った。
カクリ達を見る。
冬華を見る。
れいなを見る。
はっちゃんを見る。
最後に。
カクリを見る。
「ありがとう」
優しい笑顔だった。
怪異ではない。
復讐者でもない。
ただの女の子の笑顔。
「聞いてくれて」
その言葉を最後に。
モモの身体は光となって消えた。
仲間達の元へ。
帰っていった。
その瞬間。
夢見電車全体が白い光に包まれる。
ゴォォォォォッ――。
車両が崩れる。
闇が消える。
異界が消える。
全てが光へ変わっていく。
「帰還準備!」
冬華が叫ぶ。
霊能者達が札を展開する。
光が弾ける。
視界が真っ白になった。
そして――。
気付けば。
カクリ達は廃駅のホームに立っていた。
夜風が吹く。
虫の声が聞こえる。
いつもの現実。
夢見電車はどこにもなかった。
静寂。
しばらく誰も喋らない。
やがて。
れいながぽつりと呟いた。
「終わったね」
「うん」
カクリも頷く。
はっちゃんが小さく笑う。
『まったく』
『最後まで面倒な怪異だったぜ』
そう言いながらも。
どこか嬉しそうだった。
夜空には月が浮かんでいる。
夢見電車異変。
その事件は静かに幕を閉じた。
だが。
宵町カクリの夜は終わらない。
姉を襲った怪異はまだ見つかっていない。
少女は再び歩き出す。
夜の中を。
幽世と常世の狭間を。
答えを探して。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




