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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第40夜 「帰る場所」



今日も少女は夜を歩く。


迷子回収場。


そこには静寂が落ちていた。


先ほどまで渦巻いていた呪気も少しずつ弱まっている。


猿夢の少女はその場に立ち尽くしていた。


黒い涙が頬を伝う。


ぽたり。


ぽたり。


床へ落ちるたびに黒い染みが広がっていく。


「誰にも......気付いてもらえなかったこと......」


はっちゃんの言葉を反芻する。


小さく。


何度も。


「違う......」


否定しようとする。


だが言葉に力がない。


「私は......」


少女は震える手を見る。


その手はいつからか包丁を握っていた。


誰かを傷付けるために。


誰かへ怒りをぶつけるために。


「私は......」


記憶が蘇る。


動物園。


暖かな日差し。


子供達の笑顔。


仲間達。


走る小さな電車。


笑い声。


歓声。


楽しかった。


本当に。


毎日が楽しかった。


「また明日も」


小さく呟く。


「また乗ろうねって」


仲間達と寄り添った。


明日も続くと思っていた。


その次の日も。


その次の年も。


ずっと。


「でも......」


なくなった。


理由もわからず。


説明もされず。


ただ奪われた。


少女は唇を噛む。


「私は......悔しかった」


その言葉に誰も口を挟まない。


「悲しかった」


黒い涙が零れる。


「寂しかった」


小猿達も静かに少女を見ていた。


「でも」


少女の声が掠れる。


「本当は」


そこで止まる。


言葉が続かない。


まるで言いたくないように。


認めたくないように。


しかし。


カクリは黙って待った。


冬華も。


れいなも。


はっちゃんも。


誰も急かさない。


やがて少女は小さく呟く。


「本当は......」


肩が震える。


「誰かに」


声が震える。


「気付いてほしかった......」


その瞬間だった。


迷子回収場が大きく揺れた。


少女の感情に反応するように。


床に散らばった切符が舞い上がる。


しかし今までとは違う。


呪いの気配ではない。


悲しみだ。


長い長い孤独。


誰にも聞いてもらえなかった想い。


「私達は楽しかったんだって」


涙が止まらない。


「本当に幸せだったんだって」


少女は泣いていた。


怪異になってから初めて。


心の底から。


「誰かに聞いてほしかった......」


れいなが目を伏せる。


冬華も静かだった。


カクリは少女の前まで歩く。


警戒はしている。


だが鋏は向けない。


少女が顔を上げる。


「......何」


「聞いた」


カクリが言う。


「え」


「聞いたよ」


少女が固まる。


カクリは続ける。


「楽しかったんでしょ」


「......」


「仲間がいたんでしょ」


少女の瞳が揺れる。


「うん......」


「幸せだったんでしょ」


「......うん」


涙が零れる。


カクリは頷いた。


「じゃあ聞いた」


たったそれだけだった。


けれど。


少女は目を見開いた。


聞いた。


その言葉。


ずっと欲しかった言葉。


何十年も。


何百年も。


待ち続けた言葉。


「......あ」


少女の喉が震える。


「聞いて」


「もらえた......?」


「うん」


カクリは当たり前のように答えた。


「そう」


少女は力なく笑う。


「そっか......」


その笑顔は初めて怪異らしくなかった。


ただの女の子だった。


どこにでもいる。


普通の。


寂しかった女の子。


その時。


虚ろだった乗客達に変化が起きた。


一人。


また一人。


体が光り始める。


「これは」


冬華が目を見開く。


光の粒が舞う。


乗客達の表情が変わっていく。


虚ろな顔ではない。


安らかな顔。


眠っているような顔。


「浄化......?」


霊能者の一人が呟く。


少女が驚いた顔をする。


「え......?」


小猿達も混乱している。


キー?


キーッ?


何が起きているのかわからない。


すると。


乗客達の中から一人の女性が前へ出た。


優しい顔をしている。


少女を見る。


「ありがとう」


少女が固まる。


「え......?」


「あなたが迷わせたのは困ったけど」


女性は苦笑した。


「最後に帰れるわ」


光に包まれて消えていく。


続いて。


別の老人。


学生。


子供。


次々に消えていく。


誰も怒っていない。


誰も憎んでいない。


ただ静かに去っていく。


少女は呆然とそれを見ていた。


「なんで......」


理解できない。


憎まれて当然なのに。


恐れられて当然なのに。


どうして。


そんな顔をするのか。


その時。


はっちゃんが口を開いた。


「お前さん」


少女が振り向く。


「ずっと帰れなかったんだな」


「......」


「迷子回収場なんて作りやがって」


はっちゃんは鼻で笑った。


「一番迷子だったのはお前じゃねぇか」


少女の目から涙が溢れた。


止まらない。


止められない。


自分が怪異になった理由。


この列車を作った理由。


人を集めた理由。


全部。


本当は。


寂しかっただけだった。


「......帰りたい」


小さく呟く。


「みんなのところに」


触角ヘアにしがみついていた小猿達が少女へ寄り添う。


キー。


優しい鳴き声だった。


「帰りたい......」


少女の体が少しずつ光り始める。


冬華が静かに見守る。


カクリも鋏を下ろしたまま立っていた。


夢見電車の終わりが。


少しずつ近付いていた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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