第39夜 「迷子だったのは」
今日も少女は夜を歩く。
「あいつらは奪った......」
迷子回収場に黒い呪気が広がる。
「私の幸せを」
猿夢の少女の声は震えていた。
怒りだけではない。
悲しみ。
寂しさ。
どうしようもない喪失感。
それらが混ざり合っている。
「私の居場所を」
少女の周囲で小猿達が騒ぎ始める。
キーッ。
キーッ。
キーッ。
感情に呼応するように。
床に散らばる切符が舞い上がった。
「全部......全部奪ったんだ......!」
轟音。
迷子回収場全体が震える。
天井の闇が波打つ。
虚ろな乗客達が一斉に顔を上げた。
その目に赤い光が灯る。
れいなが思わず後退する。
「まずい......!」
冬華も札を構える。
「感情が暴走しています」
黒い霧が少女から溢れ続ける。
呪い。
憎悪。
長い年月積み重なった想い。
それが怪異としての力になっていた。
だが。
カクリは鋏を構えなかった。
ただ少女を見ていた。
少女は泣いていた。
涙ではない。
黒い呪気が頬を伝っている。
それでも。
泣いているように見えた。
「......ねぇ」
カクリが口を開く。
少女が睨む。
「なに」
「だから人を襲ったの?」
「......」
「関係ない人まで」
沈黙。
少女は答えない。
カクリは続ける。
「この電車に乗せて」
「迷子にして」
「殺した」
「どうして」
その問いに少女の表情が歪む。
「だって」
小さな声。
「だって......」
握る包丁が震える。
「誰もわかってくれなかった」
静寂。
「私達は悲しかったのに」
「苦しかったのに」
「誰も」
「誰も聞いてくれなかった」
少女の声が少しずつ大きくなる。
「だから」
「人間にも同じ気持ちを味わわせようと思った」
れいなが悲しそうな顔になる。
冬華も黙って聞いていた。
少女は続ける。
「最初は一人だった」
「夢の中に引き込んだ」
「怖がった」
「泣いた」
「助けてって叫んだ」
黒い呪気が揺れる。
「その時思った」
「私も同じだった」
「助けてほしかった」
「でも誰も来なかった」
小猿達が静かになる。
先ほどまでの凶暴さが消えていた。
「だから」
「何回も繰り返した」
「何人も」
「何十人も」
「何百人も」
その言葉に場の空気が重くなる。
冬華が静かに言った。
「それで救われましたか」
少女の動きが止まる。
「......え」
「復讐して」
「人を襲って」
「救われましたか」
答えられない。
少女は口を開きかける。
だが言葉が出ない。
「それは」
「私は」
「......」
答えられなかった。
カクリが一歩前へ出る。
「私は」
少女を見る。
真っ直ぐ。
逃げずに。
「全部わかるわけじゃない」
「......」
「猿じゃないから」
「動物園にもいなかったから」
「でも」
鋏を下ろす。
戦う姿勢を解いた。
「お姉ちゃんが襲われた時」
少女の目が揺れる。
「すごく怖かった」
「いなくなるんじゃないかって」
「ずっと」
カクリの拳が握られる。
「だから探してる」
「襲ったやつを」
「ぶちのめすために」
はっちゃんが黙って聞いていた。
「でも」
カクリは少女を見る。
「今のお前を見てると」
「なんか違う」
少女が顔を上げる。
「違う?」
「うん」
「......何が」
少し考えて。
カクリは答えた。
「お前」
「ずっと迷子なんだと思う」
静寂。
その一言で。
迷子回収場が静まり返った。
誰も喋らない。
小猿達も動かない。
少女だけが立ち尽くしている。
「迷子......」
呟く。
「私が?」
「うん」
「......違う」
「違わない」
少女の顔が歪む。
「違う!」
叫ぶ。
「私は!」
「私は!」
言葉が続かない。
怒りが出ない。
憎しみも出ない。
代わりに。
ぽっかりと空いた穴だけがあった。
「私は......」
何をしたかったのか。
何を求めていたのか。
わからなくなっていた。
復讐したかった。
許せなかった。
でも。
それだけだっただろうか。
少女の身体が震える。
その時だった。
はっちゃんが珍しく静かな声で言う。
「なぁ」
少女が顔を向ける。
「お前さん」
「本当に憎んでるのは動物愛護団体か?」
「......!」
目が見開かれる。
「それとも」
はっちゃんは続ける。
「誰にも気付いてもらえなかったことか?」
その瞬間。
少女の瞳から黒い涙が溢れた。
言葉が出ない。
ただ。
涙だけが落ちていく。
迷子回収場に静寂が広がる。
そして猿夢の少女は初めて、自分自身の心と向き合おうとしていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




