表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
39/131

第38夜 「猿夢が見た幸せ」



今日も少女は夜を歩く。


迷子回収場。


無数の切符が散らばる異界。


虚ろな人々が並ぶ中、猿夢の少女は静かに立っていた。


先ほどまでの殺意は少しだけ薄れている。


代わりに。


深い悲しみがその瞳に宿っていた。


黒い出刃包丁を下ろす。


小猿達も静かになっていた。


キーッ。


キーッ。


先ほどまでの騒がしさはない。


まるで主人の話を聞いているようだった。


篠崎冬華は武器を構えたまま問いかける。


「何があったのですか」


少女はしばらく黙っていた。


やがて。


ぽつりと語り始める。


「......私は」


その声は震えていた。


「昔は猿だった」


カクリ達は黙って聞く。


「ただの猿」


少女は遠くを見る。


過去を見るように。


「動物園で生まれた」


その瞬間。


周囲の景色が揺らいだ。


異界が反応している。


切符の海が消え始める。


代わりに現れたのは。


古い動物園だった。


鉄柵。


檻。


ベンチ。


売店。


夕暮れの空。


まるで記憶が映像となって再現されているようだった。


れいなが小さく息を呑む。


「これ......」


「記憶ですね」


冬華が答える。


少女は続ける。


「毎日楽しかった」


動物園の中。


小さな列車が見える。


カラフルな車体。


子供向けの遊具。


レールの上を走る小さな電車。


看板にはこう書かれていた。


『お猿の電車』


子供達の笑い声が響く。


楽しそうだった。


三歳くらいの子供達。


親達。


職員達。


みんな笑っている。


そして。


小さな猿達も。


少女の視線が優しくなる。


「私達は順番で運転席に座った」


映像の中。


猿達が楽しそうにしている。


子供達に撫でられている。


餌をもらっている。


笑われている。


嫌な笑いではない。


温かい笑い。


幸せそうだった。


「楽しかった」


少女が呟く。


「毎日」


「仲間もいた」


映像の中で猿達がじゃれ合っている。


子供達が拍手している。


職員達も笑っている。


普通の日常。


それが。


少女にとっての居場所だった。


「ずっと続くと思ってた」


その声が少し暗くなる。


景色が変わる。


動物園。


同じ場所。


だが。


電車は止まっていた。


レールは撤去されている。


遊具もない。


猿達が不思議そうに辺りを見ている。


「ある日」


少女の声が震える。


「急になくなった」


猿達は理解できない。


なぜ乗れないのか。


なぜなくなったのか。


わからない。


ただ待つ。


明日になれば戻るかもしれない。


そう思っていた。


だが。


戻らなかった。


一日。


一週間。


一ヶ月。


一年。


二年。


何年経っても。


戻らなかった。


映像の猿達が老いていく。


少しずつ。


ゆっくりと。


仲間達も。


少女も。


年老いていく。


「理由なんて知らなかった」


少女は拳を握る。


「私達は猿だから」


「人間の言葉なんてわからない」


映像の中。


老いた猿が檻の隅で眠る。


そして。


動かなくなる。


一匹。


また一匹。


仲間が消えていく。


少女も。


最後には静かに目を閉じた。


映像が暗転する。


迷子回収場へ戻る。


誰も言葉を発しない。


少女は続ける。


「死んだあと」


「私は檻の外へ出た」


「初めて自由になった」


苦笑する。


どこか悲しそうに。


「皮肉だよね」


「生きてる時は出られなかったのに」


「死んでから外へ出られた」


静寂。


小猿達も動かない。


「それで聞いた」


少女の目が歪む。


怒りが混じる。


「人間達の話を」


「お猿の電車は危険だから」


「かわいそうだから」


「動物愛護団体が反対した」


少女の肩が震える。


「かわいそう?」


声が低くなる。


「何が?」


「私達は楽しかった」


「仲間もそうだった」


「子供達も笑ってた」


「みんな笑ってた」


感情が溢れ始める。


「なのに」


「勝手に決めた」


「私達に聞きもしないで」


「勝手に奪った」


黒い呪気が漏れ出す。


小猿達がざわつく。


キーッ。


キーッ。


キーッ。


少女の怒りに呼応するように。


「私達の幸せを」


「居場所を」


「思い出を」


「全部」


迷子回収場が揺れる。


天井が軋む。


床が震える。


「その時」


少女はゆっくり顔を上げた。


その瞳には黒い涙が溜まっていた。


「何かが切れた」


「私は動物園に残っていた動物達の怨念を見つけた」


「死んだ仲間達の無念も」


「悲しみも」


「怒りも」


「全部」


呪気が膨れ上がる。


少女の背後に黒い影が現れる。


無数の猿。


無数の動物。


消えた命達。


「吸い込んだ」


「取り込んだ」


「そして」


少女は静かに笑った。


その笑顔は悲しく。


どこまでも寂しかった。


「怪異になった」


「猿夢になった」


静寂。


誰もすぐには言葉を返せない。


カクリも黙っていた。


少女はゆっくり包丁を握る。


そして。


憎しみを滲ませた声で呟く。


「あいつらは奪った......」


小猿達が一斉に顔を上げる。


赤い目が光る。


「私の幸せを」


黒い呪気が広がる。


「私の居場所を」


少女の声が震える。


怒りと悲しみで。


「全部......全部奪ったんだ......!」

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ