第37夜 「迷子と猿夢」
今日も少女は夜を歩く。
迷子回収場。
無数の切符が散らばる異空間。
虚ろな目をした人々が整列する中、少女の姿をした怪異が立っていた。
触角のように跳ねた長い髪。
そこへ何匹もの黒い小猿がしがみついている。
赤い目が不気味に光っていた。
少女が首を傾げる。
「あなたたちも、迷子になったの?」
少し間を置く。
そして。
「..................それとも......動物愛護団体?」
その言葉に冬華が反応した。
篠崎冬華。
「この怪異......もしや、猿夢?」
宵町カクリ。
「猿夢?」
はっちゃん。
「猿の怪異で、夢を見せそのなかで殺す怪異のことだ、......しかし、どういうことだ?猿夢の怪異は、見境なしに攻撃するはず......」
猿夢の怪異。
「......」
九条れいな。
「じゃぁ、なにか訳が?」
猿夢の怪異。
「......動物愛護団体は、私の敵......君たちも団体?、......なら殺すね」
はっちゃん。
「来るぞ!」
その瞬間だった。
少女の背後に黒い穴が開いた。
異空ホール。
闇そのものを切り取ったような穴。
そこへ細い腕を突っ込む。
そして。
二本の出刃包丁を引き抜いた。
ギラリ。
刃が光る。
次の瞬間。
少女の姿が消えた。
「速い!」
れいなが叫ぶ。
カクリは反射的に巨大断ち鋏を呼び出した。
キィィィン!
銀色の刃が展開される。
直後。
ガギィィィィン!!
火花が散った。
包丁と巨大断ち鋏が激突する。
もの凄い衝撃。
カクリの足が床を滑った。
「っ!」
怪異は小学生ほどの体格しかない。
だが力は異常だった。
「しね」
包丁が振るわれる。
横薙ぎ。
縦斬り。
突き。
迷いのない攻撃。
カクリは必死に受け流す。
ガン!
ガガン!
ガギィン!
刃がぶつかる音が響く。
その間にも小猿達が飛び出した。
キーッ!!
天井。
壁。
床。
あらゆる場所から飛び掛かる。
「ひゃっ!?」
れいなが慌てて札を投げた。
霊符が光る。
パンッ!
小猿が弾き飛ばされる。
しかし。
一匹。
二匹。
三匹。
数が多い。
冬華が前へ出た。
「拘束術式」
札が宙を舞う。
光の鎖が伸びる。
猿夢へ向かう。
だが。
少女は軽く後ろへ跳んだ。
避ける。
そして笑った。
「遅い」
また消える。
転移。
瞬間移動に近い。
気付けば霊能者の一人の背後へ現れていた。
包丁が振り下ろされる。
「危ない!」
カクリが飛び出す。
巨大断ち鋏が間に入った。
ガァァン!!
霊能者が吹き飛ぶ。
だが命は助かった。
少女は不満そうな顔をする。
「邪魔」
「させない」
カクリは鋏を握り直した。
その瞳には迷いがない。
姉を襲った怪異ではない。
だが。
この怪異も人を襲う。
なら止める。
それだけだ。
「はぁっ!!」
鋏が振るわれる。
銀色の軌跡。
猿夢は包丁で受ける。
しかし今度は押し切れない。
ガリガリと火花が散る。
少女が驚いた。
「強い」
『当然だろ』
はっちゃんが笑う。
『オレを誰だと思ってやがる』
カクリはさらに踏み込む。
鋏の一撃。
二撃。
三撃。
猿夢は後退した。
初めて押されていた。
その時だった。
猿夢の表情が変わる。
怒り。
憎しみ。
悲しみ。
いろんな感情が混ざった顔。
「なんで」
包丁を握る手が震える。
「なんで邪魔するの」
「......」
「私は悪くない」
小猿達が騒ぎ出す。
キーッ!
キーッ!
キーッ!
少女の感情に呼応するように。
「私は悪くない」
もう一度呟く。
冬華が静かに問い掛けた。
「なぜ人を襲うのですか」
猿夢が止まる。
「......」
「理由があるのでしょう」
「......」
「答えてください」
長い沈黙。
誰も動かない。
やがて。
猿夢が俯いた。
包丁を握る力が弱くなる。
小猿達も静かになった。
「......あいつらは」
小さな声。
「......あいつらは」
少女の肩が震える。
「私から全部奪った」
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
抑えきれない感情が溢れていた。
「私の幸せを」
少女が顔を上げる。
目には涙のような黒い呪いが浮かんでいた。
「私の居場所を」
声が震える。
「全部......全部奪ったんだ......!」
迷子回収場の空気が重く沈んだ。
そして少女は、憎しみを滲ませた瞳でカクリ達を見つめながら、自分が怪異になるまでの過去を語り始めようとしていた。
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次回もお楽しみに




