第36夜 「迷子回収場」
今日も少女は夜を歩く。
ゴトン――。
列車全体が大きく揺れた。
車内の照明が赤く染まる。
虚ろな目をした乗客達が一斉に立ち上がっている。
誰一人として言葉を発しない。
ただ同じ方向を向いていた。
車両の奥。
先頭方向。
まるで何かに呼ばれているようだった。
「気味悪い……」
九条れいなが小さく呟く。
篠崎冬華は札を構えたまま前方を見る。
「動きます」
乗客達が歩き始める。
カツ。
カツ。
カツ。
無表情のまま。
虚ろなまま。
一列になって進んでいく。
その様子は人間というより操り人形だった。
『追うぞ』
はっちゃんが言う。
宵町カクリは頷いた。
「うん」
一行は乗客達の後を追う。
車両を抜ける。
次の車両へ。
さらにその先へ。
歩いているうちに違和感が強くなる。
車両が増えている。
乗った時より明らかに多い。
終わりが見えない。
普通の列車ならとっくに先頭へ着いているはずだった。
だがまだ続く。
延々と。
どこまでも。
「空間が歪められているのでしょう」
冬華が低く言った。
「怪異による異界化現象です」
「つまり?」
れいなが聞く。
「簡単に言えば、この列車は普通の列車ではありません」
『最初から知ってたけどな』
はっちゃんが呟く。
その時。
前方から声が聞こえた。
小さい。
たくさんの声。
キーッ。
キーッ。
キーッ。
猿達だ。
車両の天井。
座席。
窓枠。
あらゆる場所に黒い小猿が現れていた。
赤い目がこちらを見ている。
しかし襲ってこない。
ただ見ているだけだ。
まるで観客のように。
「嫌な感じ……」
カクリは鋏を握る。
やがて。
乗客達が一つの車両へ吸い込まれていくのが見えた。
先頭車両。
他の車両とは違う。
古びた木製の扉。
赤黒い塗装。
まるで昔の客車のようだった。
その扉の上には古い看板が掛かっている。
そこにはこう書かれていた。
『迷子回収場』
空気が変わる。
重い。
息苦しい。
寒気がする。
「ここですね」
冬華が静かに言う。
全員が武器を構えた。
そして扉を開く。
ギィィィ――。
古い蝶番が軋む音。
その先に広がっていた光景に全員が息を呑んだ。
広い。
異様なほど広い。
車両のはずなのに体育館のような空間が広がっている。
天井は見えない。
床には無数の古びた切符が散らばっていた。
そして。
先ほどの乗客達が整列している。
何百人も。
何千人も。
全員が虚ろな目をして並んでいる。
「なんなの……これ」
れいなの声が震える。
誰も答えられない。
すると。
ガタン。
奥から音がした。
全員が視線を向ける。
暗闇。
その奥。
誰かがいる。
小さな人影。
ゆっくり。
ゆっくり。
こちらへ歩いてくる。
カツ。
カツ。
カツ。
足音だけが響く。
やがて。
その姿が見えた。
少女だった。
小学生くらい。
カクリ達と同じ年頃。
黒い制服のような服。
裸足。
青白い肌。
そして。
特徴的な髪型。
頭の左右から伸びた長い触角ヘア。
ぴょこんと立ち上がった髪。
だが。
普通ではなかった。
その触角ヘアには何匹もの小猿がしがみついていた。
十匹。
二十匹。
それ以上。
黒い猿達が触角ヘアへぶら下がっている。
キーッ。
キーッ。
キーッ。
猿達が一斉に笑った。
少女は立ち止まる。
そして。
ゆっくり首を傾げた。
虚ろな目。
だが。
どこか子供らしい無邪気さも残っている。
「……また」
小さな声。
少女が呟く。
「また、お客さん」
周囲の猿達が騒ぎ始める。
キーッ。
キーッ。
キーッ。
まるで歓迎しているようだった。
カクリは本能で理解した。
いる。
ようやく見つけた。
この異界。
この列車。
この夢見電車。
全ての中心。
『見つけたな』
はっちゃんの声が低くなる。
冬華も鋭い目で少女を見据える。
札を握る手に力が入る。
少女はにっこり笑った。
幼い。
無邪気な笑顔。
けれど。
そこに人間らしい温かさはなかった。
「ねぇ」
少女が言う。
「あなたたちも」
触角ヘアにしがみついた猿達が一斉に顔を上げる。
赤い目が輝く。
そして少女は嬉しそうに続けた。
「迷子になったの?それとも......動物愛護団体?」
静寂が落ちた。
夢見電車の主。
電車の怪異。
その本体が、ついに姿を現した。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




