第33夜 「夢見駅の到着列車」
今日も少女は夜を歩く。
夕暮れの空はすっかり夜へ変わり始めていた。
黒塗りの長い車は街を離れ、山沿いの道路を進んでいく。
車窓の外には民家もほとんど見えない。
街灯だけがぽつぽつと続いていた。
やがて。
車がゆっくり減速する。
「到着です」
篠崎冬華の声。
車が停止した。
カクリ達は外へ降りる。
冷たい夜風が吹いた。
目の前には古びた駅舎があった。
夢見駅。
錆びた看板。
色褪せたホーム案内。
閉ざされた改札。
長い年月放置されてきたことが一目でわかる。
「ここが……」
カクリは駅を見上げる。
れいなも周囲を見回した。
「思ったより大きいね」
「昔は利用客もいたようです」
冬華は資料へ目を通す。
駅前広場には雑草が伸び放題になっていた。
古いベンチ。
壊れた自動販売機。
風が吹くたび草木が揺れる。
どこか寂しい場所だった。
『妙だな』
はっちゃんが呟く。
「なにが?」
『静かすぎる』
カクリも気付いていた。
お化けの気配はない。
怪異の気配もない。
なのに。
何かがおかしい。
まるで駅そのものが息を潜めているようだった。
冬華が歩き出す。
「まずはホームを確認します」
霊能者達も続く。
封鎖された改札を抜ける。
古い階段。
長い通路。
誰もいないはずなのに足音だけが響いていた。
やがてホームへ出る。
線路は二本。
草が生い茂り、一部は土に埋もれている。
廃線らしい光景だった。
れいなが小さく震える。
「夜の駅ってちょっと怖い……」
「うん」
カクリも同意した。
昼間ならただの廃墟だろう。
だが夜は違う。
何かが出ても不思議じゃない。
冬華は周囲へ視線を巡らせる。
「呪気反応はあります」
「いるの?」
「わかりません」
冬華は首を振る。
「反応が広すぎるのです」
その時。
遠くでカン、と音が鳴った。
全員が振り向く。
だが何もいない。
風だけが吹いている。
『嫌な場所だな』
はっちゃんが珍しく真面目な声を出した。
時間が過ぎる。
十分。
二十分。
三十分。
特に何も起きない。
霊能者達は駅構内を調査していた。
写真撮影。
測定。
札の設置。
カクリ達はホームで待機している。
「本当に何も出ないね」
れいながベンチへ座る。
カクリも近くへ腰掛けた。
ホームの上に並んで座る二人。
遠くには山。
頭上には星空。
少しだけ普通の夜みたいだった。
その時。
カクリの耳が動く。
「……れいなちゃん」
「ん?」
「今、聞こえた?」
「なにが?」
カクリは線路の向こうを見る。
遠く。
本当に遠く。
何か音がした気がした。
ゴトン。
小さな音。
気のせいかもしれない。
だが。
ゴトン。
また聞こえた。
今度はれいなも顔を上げる。
「え?」
冬華も気付いたらしい。
視線を線路の先へ向ける。
霊能者達の動きが止まる。
静寂。
そして。
ゴトン。
ゴトン。
ゴトン。
音が近づいてくる。
車輪の音。
線路を走る音。
だが。
ありえない。
ここは廃線だ。
十五年前に廃止された路線。
列車など来るはずがない。
霊能者の一人が呟く。
「まさか……」
音は大きくなっていく。
ゴトン。
ゴトン。
ゴトン。
遠くの闇の中。
小さな光が見えた。
列車の前照灯。
真っ白な光。
れいなが青ざめる。
「う、うそ……」
誰も動けない。
ホームへ列車が近づいてくる。
ゆっくり。
確実に。
古い車両だった。
見たこともないデザイン。
車体は黒ずみ。
ところどころ錆びている。
なのに。
走っている。
まるで現役みたいに。
『おい……』
はっちゃんの声が低くなる。
『あれはなんだ』
列車は速度を落とした。
ブレーキ音。
金属音。
そして。
夢見駅ホームへ滑り込む。
ギィィィィィ……。
静かに停止した。
誰も乗っていないように見える。
窓の向こうは暗い。
中がよく見えない。
その時。
ホームのスピーカーから突然音が鳴った。
ザザッ――
ノイズ。
そして。
機械的な声。
『まもなく列車が発車いたします』
全員が凍り付く。
『ご乗車のお客様はお急ぎください』
れいなが冬華を見る。
「篠崎さん……」
冬華も険しい顔をしていた。
しばらく考え込む。
そして。
列車を見る。
開いたままの扉を見る。
誰かを待っているような扉。
やがて冬華は決断した。
「調査します」
霊能者達が緊張する。
「乗るんですか?」
「はい」
短い返事。
だが迷いはなかった。
冬華は列車へ向かう。
「全員、警戒を最大に」
カクリは巨大断ち鋏へ手を伸ばした。
れいなも札を握る。
そして。
誰もいないはずの列車へ足を踏み入れる。
車内は薄暗かった。
古い照明がぼんやり光っている。
座席は空。
乗客もいない。
静かだった。
不気味なくらいに。
最後に冬華が乗り込む。
扉が閉まる。
プシューッ。
重たい音。
次の瞬間。
列車がゆっくり動き始めた。
ゴトン。
ゴトン。
ゴトン。
夢見駅を離れていく。
だが。
窓の外を見たカクリは小さく息を呑んだ。
「……え?」
そこにあるはずの景色が。
消えていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




