第32夜 「夢見駅への要請」
今日も少女は夜を歩く。
灰崎団地での一件が終わった頃には、東の空が薄く白み始めていた。
夜明け前の静かな時間。
霊能者達は後処理に追われていた。
結界の解除。
残留呪気の回収。
一般人への影響確認。
団地の住民への記憶処理の準備。
カクリは窓際に立ちながら外を見ていた。
冷たい風が吹く。
巨大断ち鋏はすでに小さくなり、キーホルダーの姿へ戻っている。
『終わったな』
頭の中へはっちゃんの声が響く。
「うん」
『どうだった』
少し考える。
何を答えればいいのかわからなかった。
怖かった。
大変だった。
でも。
「……助けられてよかった」
『へへっ』
はっちゃんが小さく笑った。
『お前らしいな』
その時だった。
ピリリリリ。
静かな部屋へ電子音が響く。
篠崎冬華の携帯電話だった。
冬華は少し離れた場所で電話へ出る。
「はい、篠崎です」
その表情が徐々に変わっていく。
いつもの落ち着いた顔。
だが。
僅かに緊張が混じる。
「……確認しました」
沈黙。
「本部も把握済みですか」
再び沈黙。
「わかりました」
通話終了。
冬華は携帯を閉じた。
その動作だけで周囲の空気が変わる。
何かあった。
霊能者達もすぐに察したらしい。
一人が近寄る。
「何かありましたか」
冬華は短く答えた。
「緊急要請です」
周囲が静まり返る。
「内容は」
「廃駅案件」
その言葉だけで何人かの顔色が変わった。
カクリはその様子を見ていた。
れいなも首を傾げている。
「廃駅?」
冬華が振り返る。
「館へ戻ります」
「え?」
「説明は車内で」
その声には迷いがなかった。
霊能者達が素早く動き始める。
撤収準備。
機材回収。
資料整理。
空気が慌ただしくなる。
カクリとはっちゃんは顔を見合わせる。
『なんか面倒そうだな』
「うん」
れいなが近づいてくる。
「カクリちゃん!」
「なに?」
「たぶん大きい案件かも!」
「そうなの?」
「うん!」
れいなは少し真面目な顔になる。
「篠崎さんがあんな顔するとき、大体やばい案件なんだよね」
『経験者の発言だな』
「修行で見てるもん!」
そんな話をしているうちに撤収が終わった。
一行は再び車へ乗り込む。
まだ朝日も昇りきっていない時間帯。
静かな道路を車が走る。
カクリは窓の外を眺めていた。
人の少ない街。
新聞配達。
開店準備を始める店。
いつもの朝。
普通の世界。
だけどその裏側には幽世がある。
お化けがいる。
怪異がいる。
知ってしまった今では、以前と同じ景色には見えなかった。
やがて。
車内で冬華が口を開く。
「今回の要請ですが」
全員が耳を傾ける。
「場所は旧夢見駅」
カクリは聞き覚えがなかった。
「夢見駅?」
れいなが反応する。
「夢見駅!?」
「知ってるの?」
「うん!」
れいなが頷く。
「何年も前に廃線になった駅だよ!」
冬華が続ける。
「正式には夢見線夢見駅。約十五年前に閉鎖されました」
「どうして?」
「利用者減少と事故です」
その言葉に車内が少し静かになる。
冬華は資料を取り出した。
古びた駅舎の写真。
ホーム。
線路。
錆びた看板。
どこにでもありそうな廃駅。
しかし。
見ているだけで妙な違和感があった。
「ここ数ヶ月、この周辺で不可解な目撃情報が増加しています」
「目撃情報?」
「はい」
冬華は資料をめくる。
「夜中に列車の音を聞いた」
「誰もいないホームでアナウンスが流れた」
「閉鎖されているはずの改札を通った人影を見た」
「駅へ入ったはずの人物が見つからない」
れいなが少し青ざめる。
「うわぁ……」
カクリは黙って聞いていた。
はっちゃんも珍しく静かだった。
冬華が続ける。
「まだ怪異の存在は確認されていません」
『まだ、な』
はっちゃんがぼそりと言う。
「しかし複数の霊能者が現地で異常な呪気を観測しています」
「つまり?」
「調査です」
冬華ははっきり言った。
「まずは何が起きているのか確認します」
それだけだった。
討伐ではない。
戦闘でもない。
調査。
だが。
冬華の表情を見る限り簡単な案件ではないのだろう。
車はさらに走る。
館へ戻り。
簡単な休息と準備を済ませ。
その日の夕方。
再び出発となった。
空は赤く染まり始めていた。
夜が近づいている。
カクリは館の玄関前で空を見上げる。
夕焼け。
その向こうに広がる夜。
『また夜だな』
「うん」
『休みたかったか?』
少しだけ考える。
確かに疲れている。
でも。
「大丈夫」
『そうか』
はっちゃんが笑う。
『なら行くぞ』
その時。
館の前へ長い黒塗りの車が止まった。
冬華が降りてくる。
「準備はよろしいですか」
カクリは頷いた。
れいなも元気よく手を挙げる。
「準備完了です!」
「では出発します」
車の扉が開く。
夢見駅。
廃線となった駅。
そこで何が起きているのか。
まだ誰も知らない。
少女達は車へ乗り込む。
夕暮れの街を抜け。
ゆっくりと。
夢見駅へ向かい始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




