第29夜 「鏡の底に沈むもの」
今日も少女は夜を歩く。
灰崎団地四号棟最上階。
封印された部屋。
その中央に置かれた黒い鏡から、無数の手が這い出していた。
「っ!?」
宵町カクリは反射的に後ろへ飛ぶ。
白い腕。
黒い腕。
子供の手。
老人の手。
男の手。
女の手。
ありとあらゆる手が鏡の中から伸びている。
まるで何百人もの人間が閉じ込められているみたいだった。
「タスケテ」
「クライ」
「カエリタイ」
「サムイ」
無数の声。
頭の中へ直接響く。
『おいおいおい!なんだこりゃ!!』
はっちゃんの声が響く。
その時。
女怪異が鏡の前へ飛び込んだ。
「ダメェェェェェ!!」
伸びる黒髪。
鏡を守るように広がる。
まるで必死だった。
冬華達も部屋へ入ってくる。
「全員下がってください!」
霊能者達が結界を展開する。
だが。
鏡の中から伸びる手は止まらない。
バキッ。
壁へ亀裂が走る。
ミシミシ。
天井も揺れている。
『封印が壊れかけてやがる!!』
はっちゃんが叫ぶ。
カクリは鏡を見つめる。
さっき流れ込んだ映像。
泣いていた少女。
首を吊った女。
そして。
閉じ込められた何か。
「……違う」
カクリが呟く。
冬華が振り向く。
「何がです?」
「この怪異……」
女怪異を見る。
顔のない女。
泣きながら叫んでいる。
「人を襲いたいんじゃない」
その瞬間。
女怪異がこちらを見た。
真っ黒な目の穴。
そこから黒い涙が流れている。
「……まもる」
小さな声だった。
カクリの目が見開かれる。
『あ?』
「この人……守ってる」
冬華も鏡を見る。
そして。
何かに気づいたように表情を変えた。
「……そういうことですか」
「篠崎さん?」
冬華は鏡へ近づく。
慎重に。
札を構えながら。
そして鏡面へ触れた。
その瞬間。
映像が広がった。
部屋の全員の前へ。
まるで記憶の再生みたいに。
◇
十数年前。
灰崎団地。
一人の少女がいた。
小学生くらい。
毎日いじめられていた。
親はいない。
助けてくれる人もいない。
暗い部屋。
泣く日々。
やがて。
少女は一枚の鏡を拾った。
古い鏡。
どこか禍々しい鏡。
最初は何も起きなかった。
だが。
少女が絶望するたび。
鏡の中に何かが現れた。
黒い影。
優しい声。
『ダイジョウブ』
『ワタシガイル』
『ヒトリジャナイ』
少女は救いを求めた。
そして。
依存した。
やがて。
鏡の中の何かは大きくなった。
強くなった。
歪んでいった。
少女を守るために。
少女を苦しめる人間を消すために。
少女の憎しみを喰らいながら。
怪異になった。
そして。
ある日。
少女は首を吊った。
だが。
怪異だけが残った。
少女を守れなかった後悔と共に。
◇
映像が消える。
部屋が静まる。
誰もすぐには話せなかった。
れいなも青ざめている。
「そんな……」
冬華が静かに息を吐く。
「守護型怪異……」
『守護型?』
「本来は人を守るために生まれた怪異です」
冬華は女怪異を見る。
「ですが歪み、暴走した」
女怪異は鏡の前で膝を抱えていた。
泣いている。
ずっと。
ずっと。
「まもれなかった……」
かすれた声。
「まもれなかった……」
その時。
鏡の中から伸びる手がさらに増えた。
「アアアアアアアア!!」
絶叫。
鏡面が大きく割れる。
バキィィィン!!
黒い霧が噴き出した。
「っ!!」
冬華が叫ぶ。
「まずい!!」
『本命はそっちか!!』
鏡の奥。
そこにいた。
巨大な黒い塊。
無数の顔。
無数の腕。
そして。
真っ赤な目。
女怪異が必死に封印していた存在。
「ガァァァァァァァァァァ!!」
咆哮。
団地全体が震える。
天井が崩れ始める。
冬華が札を構える。
霊能者達も戦闘態勢へ入る。
だが。
女怪異だけは前へ出た。
震えながら。
泣きながら。
壊れかけた身体で。
「……ダメ」
怪異が立ち上がる。
黒髪が揺れる。
「この子には……ちかづかないで」
守れなかった少女。
今はいない少女。
それでも。
女怪異はまだ守ろうとしていた。
そして次の瞬間。
巨大な黒い怪異が腕を振り上げた。
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次回もお楽しみに




