第27夜 「四号棟の女」
今日も少女は夜を歩く。
団地の電気が、一斉に消えた。
「っ!?」
灰崎団地の廊下が暗闇に包まれる。
非常灯だけがぼんやり赤く灯っていた。
空気が冷たい。
湿っている。
さっきまで聞こえていた外の風の音すら消えていた。
静かすぎる。
まるで建物そのものが息を潜めているみたいだった。
「…………みぃつけた」
女の声。
上の階から響く。
カクリの背筋に冷たいものが走った。
れいながカクリの服を掴む。
「い、今の聞いた……?」
「……うん」
『へへ、歓迎されてんな』
はっちゃんが低く笑う。
だが警戒は解いていない。
冬華が懐中電灯を点けた。
白い光が暗闇を裂く。
「落ち着いてください。パニックになるのが一番危険です」
その声は静かだった。
だから少し安心できた。
周囲の霊能者達も灯りを展開していく。
暗い廊下がぼんやり照らされた。
古い壁紙。
染み。
長い廊下。
その奥。
誰もいない。
だが。
コツン。
また足音。
ゆっくり。
上へ。
上へ。
階段を登っていく。
冬華が視線を向ける。
「四階……いえ、屋上ですね」
『誘ってやがる』
はっちゃんが呟く。
カクリは巨大断ち鋏を握り直した。
「行くの?」
「はい」
冬華は迷わず答える。
「放置はできません」
霊能者達が隊列を組む。
前衛。
結界役。
後衛。
カクリとれいなは中央へ配置された。
「絶対離れないでね!」
れいなが小声で言う。
「れいなちゃんこそ」
「えへへ……」
少しだけ緊張が和らぐ。
だが。
階段へ近づいた瞬間。
強烈な臭いがした。
鉄みたいな。
生臭い臭い。
カクリが眉をひそめる。
「……血?」
『かなり濃いな』
階段の壁には黒い染みが広がっていた。
上へ。
上へ続いている。
まるで何かを引きずった跡みたいだった。
霊能者の一人が札を取り出す。
「呪残留反応、高濃度……」
「気をつけてください」
冬華が先頭で階段を登る。
ギシ。
ギシ。
古い階段が軋む。
不気味だった。
誰も喋らない。
ただ足音だけが響いている。
二階。
異常なし。
三階。
異常なし。
だが。
四階へ着いた瞬間。
「っ……!」
れいなが息を呑む。
廊下の天井。
そこに。
大量のお札が貼られていた。
びっしり。
隙間なく。
壁にも。
床にも。
全部、札。
『なんだこりゃ』
はっちゃんの声が低くなる。
冬華が一枚を見る。
「……封印札」
「封印?」
「はい」
冬華の表情が険しくなる。
「誰かが“何か”を閉じ込めています」
その瞬間。
バサッ!!
突然、札が一斉に剥がれた。
「!?」
紙吹雪みたいに廊下を舞う。
そして。
奥の部屋の扉が、ゆっくり開いた。
ギィィィ……。
暗い部屋。
その奥。
女が立っていた。
長い黒髪。
白い服。
顔は俯いて見えない。
だが。
足がなかった。
宙に浮いている。
れいなが震える。
「ひっ……」
女の首が、ゆっくり動く。
ガク。
ガクッ。
不自然な動き。
そして。
カクリ達を見た。
髪の隙間。
そこから覗いた顔。
目がなかった。
真っ黒な穴だけ。
「…………かえして」
空気が凍る。
次の瞬間。
女の身体が消えた。
「っ!?」
速い。
どこへ――
「後ろです!!」
冬華が叫ぶ。
カクリは反射的に振り向く。
そこに女がいた。
真後ろ。
顔のない女。
真っ黒な穴だけの目。
「ッ!!」
カクリは巨大断ち鋏を振るう。
ギィィィン!!
火花。
女の腕と刃がぶつかる。
女の腕は異常に長かった。
ぐにゃりと曲がる。
『呪特化型か!!』
はっちゃんが叫ぶ。
女が笑った。
口だけが裂ける。
「かえしてぇぇぇぇぇぇ!!」
絶叫。
廊下の窓ガラスが一斉に砕けた。
霊能者達が吹き飛ぶ。
「ぐぁっ!?」
「結界を!!」
女の髪が生き物みたいに伸びる。
黒い髪が蛇のように襲いかかる。
カクリは髪を斬る。
ザン!!
だが切った瞬間。
髪が増殖した。
「っ!?」
『再生するぞ!!』
れいなが札を投げる。
「やぁっ!!」
札が髪へ貼り付く。
バチバチッ!!
霊力が弾け、髪が燃えた。
「ギィィィィィ!!」
女が悲鳴を上げる。
その瞬間。
カクリの耳へ、小さな声が届いた。
「……たすけて」
「?」
女の口元は笑っていた。
だが。
確かに泣いていた。
冬華が叫ぶ。
「カクリさん!!惑わされないでください!!」
女が再び消える。
そして。
今度は天井へ張り付いていた。
四肢を蜘蛛みたいに曲げながら。
「みぃつけた」
その瞬間。
団地全体が大きく揺れた。
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次回もお楽しみに




