第26夜 「閉ざされた団地」
今日も少女は夜を歩く。
館内へ鳴り響いた警報音。
重たい空気の中、霊能者達が一斉に動き出していた。
資料。
霊具。
結界札。
慌ただしく人が行き交う。
宵町カクリは巨大断ち鋏を握りしめる。
胸が少し苦しい。
怖い。
でも、逃げたくはなかった。
篠崎冬華が車へ向かいながら口を開く。
「今回の反応地点は市内南部、“灰崎団地”です」
九条れいなが小走りで隣へ来た。
「団地って、おっきい建物いっぱいあるとこだよね!」
「そうです」
冬華は頷く。
「数日前から行方不明者が増えています」
カクリの表情が少し変わる。
「……怪異」
「恐らく」
短い返事。
だが声は重い。
館の外には黒い車が停まっていた。
カクリ達は後部座席へ乗り込む。
エンジン音。
車が夜の街を走り出す。
窓の外。
見慣れた街並み。
だが夜になるだけで、まるで別世界みたいだった。
『新人初任務が団地とはな』
はっちゃんが小さく笑う。
『しかも行方不明付き』
「……危ない?」
『そりゃな』
れいなが前の席から振り向く。
「でも大丈夫!私達いるから!」
「うん」
カクリは小さく頷いた。
しばらく走ると、景色が変わり始める。
古い建物。
薄暗い道。
人気の少ない住宅街。
やがて車が止まった。
灰崎団地。
巨大な集合住宅だった。
何棟も並んでいる。
だが。
異様に静かだった。
人の気配が少ない。
風の音だけが響いている。
団地の入口には黄色いテープが貼られていた。
「ガス漏れ工事中」と書かれている。
偽装だ。
一般人を遠ざけているのだろう。
車から降りた瞬間。
カクリは眉をひそめた。
「……なんか」
空気が重い。
湿っている。
団地全体に妙な圧迫感が漂っていた。
『感じるか』
はっちゃんの声も低い。
『幽世が滲んでる』
冬華が団地を見上げる。
「……かなり濃いですね」
れいなも珍しく真面目な顔だった。
「やだなぁ……ここ」
霊能者達が周囲へ結界札を配置していく。
その時。
一人の男性霊能者が駆け寄ってきた。
「篠崎さん」
「状況は」
「三日前から失踪者が増加。現在確認できているだけで七名」
「多いですね」
「はい。そして――」
男性が少し言い淀む。
「部屋の中から、“音”がすると」
空気が静まる。
カクリが聞き返す。
「音?」
「夜になると、誰もいない部屋から足音が聞こえるそうです」
『ありがちだな』
はっちゃんが笑う。
だが、その笑いは少し警戒していた。
冬華が団地を見上げる。
「反応源は?」
「四号棟の最上階です」
「……わかりました」
冬華は振り返る。
「カクリさん、れいな」
「はい!」
「うん」
「今回は実地訓練も兼ねます。必ず単独行動はしないように」
「わかった」
れいなは元気よく手を挙げる。
「はーい!」
だが。
団地を見上げた瞬間、れいなの笑顔が少し消えた。
「……?」
カクリも視線を向ける。
四号棟。
最上階。
暗い窓。
その奥。
何かがいた。
黒い影。
人の形。
だが。
次の瞬間には消えていた。
「……今」
『見えたな』
はっちゃんが低く言う。
冬華も気づいていたらしい。
「……行きます」
団地の入口。
古びた自動ドアがゆっくり開く。
ギギギ……。
中は薄暗かった。
電灯が点滅している。
古い壁。
長い廊下。
妙に寒い。
カクリは巨大断ち鋏へ触れた。
心臓が高鳴る。
すると。
コツン。
奥から音が聞こえた。
足音。
誰かいる。
コツン。
コツン。
ゆっくり。
階段を上っていく音。
れいなが小声で言う。
「……人?」
冬華が静かに首を振った。
「この団地は封鎖済みです」
つまり。
今、いるものは。
人じゃない。
その瞬間。
団地中の電気が、一斉に消えた。
「っ!?」
真っ暗。
闇。
そして。
上の階から。
ドン。
何か重いものが落ちる音。
続いて。
「…………みぃつけた」
女の声が響いた。
カクリの背筋に冷たいものが走る。
その頃。
異空間・夢見電車。
真っ赤な車内灯が、不気味に揺れていた。
窓の外には何もない。
暗闇だけ。
ガタン。
ゴトン。
電車はどこまでも走り続ける。
車内には数人の乗客。
皆、青ざめていた。
逃げ場がない。
車内アナウンスが響く。
「次は~、次は~、八つ裂き~、八つ裂き~」
女性が顔を引きつらせる。
「ひっ!?」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




