第25夜 「夜見ヶ館の新人」
今日も少女は夜を歩く。
夜見ヶ館の朝は静かだった。
窓から差し込む光。
木造の廊下。
遠くから聞こえる話し声。
宵町カクリはゆっくり目を開けた。
「……朝」
昨日のことを思い出す。
霊能者組織への加入。
目だらけの怪異。
姉を襲った存在。
全部、夢みたいだった。
だが。
枕元には巨大断ち鋏――今は小さくなったはっちゃんが置かれている。
『起きたか』
「……うん」
『随分寝てたな』
「疲れてたから」
昨日は本当に色々ありすぎた。
カクリは布団から起き上がる。
すると。
ガチャッ!!
勢いよく襖が開いた。
「カクリちゃーーーん!!!」
「わっ!?」
九条れいなが飛び込んできた。
朝から元気だった。
「おはよー!!」
「……おはよう」
『朝っぱらから元気だな嬢ちゃん』
「えへへー!」
れいなは楽しそうに笑う。
その後ろから、呆れた声。
「騒がしいですよ、れいな」
篠崎冬華だった。
「すみません篠崎さん!」
全然反省してなさそうだった。
冬華は小さく息を吐き、カクリを見る。
「体調はどうですか」
「大丈夫」
「そうですか」
冬華は少し頷く。
「では、朝食後に説明を行います」
「説明?」
「組織についてです」
カクリは小さく頷いた。
自分はまだ、この世界について知らないことだらけだ。
◇
朝食後。
カクリ達は夜見ヶ館の一室へ集まっていた。
長机。
古い本棚。
壁には札や地図が貼られている。
いかにも“秘密組織の部屋”みたいだった。
『それっぽい部屋だな』
はっちゃんが机の上で転がる。
冬華は資料を置いた。
「改めて説明します」
れいなも隣で姿勢を正す。
だが数秒後には机へ突っ伏していた。
「難しい話かなぁ……」
「ちゃんと聞きなさい」
「はぁい……」
冬華は咳払いを一つ。
「まず、私達の組織ですが、正式名称は『幽世対策管理局』と言います」
「幽世対策管理局……」
「通称、夜見」
カクリは少し驚く。
館の名前と同じだ。
冬華は説明を続けた。
「主な役割は、怪異災害への対処、結界維持、一般人の記憶処理、そして怪異討伐です」
「記憶処理?」
「怪異を見た一般人への対処ですね」
カクリは少し黙る。
そうか。
普通の人は怪異を知らない。
だから隠している。
「じゃあ、お父さん達も……」
「基本的には知りません」
冬華は静かに答える。
「知れば、巻き込まれます」
その言葉は重かった。
確かに。
怪異を知った瞬間から、危険へ近づく。
カクリ自身がそうだった。
冬華は壁の地図を指差す。
「この街は、比較的幽世との境界が薄い地域です」
「境界……」
「つまり怪異が発生しやすい」
『だから怪異が多かったのか』
はっちゃんが納得したように言う。
冬華は頷く。
「特に最近は異常です」
部屋の空気が少し重くなる。
やはり、目だらけの怪異の件だろう。
「現在、局内でも警戒レベルが引き上げられています」
「そんなに危ないの?」
れいなが少し不安そうに聞く。
「はい」
冬華は迷わず答えた。
「今回の件は、過去の記録にも類似例がほとんどありません」
カクリは怪異を思い出す。
無数の目。
人を取り込む異形。
そして。
姉。
「……あいつ」
冬華が視線を向ける。
「何か気になりますか」
カクリは少し迷った。
でも聞く。
「なんで、私を見つけたのかな」
あの怪異は、最初から自分を知っていたみたいだった。
冬華は静かに考える。
「推測ですが」
「うん」
「お姉さんを襲った際、何らかの“印”を残した可能性があります」
「印……?」
『マーキングみてぇなもんか』
「はい」
冬華が頷く。
「強力な怪異には、自分の呪を対象へ刻むものがいます」
カクリは無意識に胸元を押さえる。
気味が悪い。
「消せないの?」
「簡単には」
冬華は真っ直ぐカクリを見る。
「ですが逆に言えば、向こうを追う手掛かりにもなります」
カクリの目が少し開く。
「追えるの?」
「可能性はあります」
その瞬間。
カクリの中で何かが燃えた。
逃げられた。
でも終わってない。
追えるなら。
絶対に見つける。
『へへっ、いい目になってきたじゃねぇか』
はっちゃんが笑う。
その時。
館の奥から警報音が鳴り響いた。
ビーッ!!ビーッ!!
部屋の空気が一瞬で変わる。
冬華が立ち上がる。
「……反応?」
直後。
館内放送が響いた。
『市内南部に幽世干渉反応確認。等級は中以上。繰り返します――』
れいなが飛び上がる。
「で、出た!?」
冬華は即座にコートを羽織った。
「初任務です、カクリさん」
カクリは巨大断ち鋏を握る。
心臓が高鳴る。
怖い。
でも。
少女は立ち上がった。
夜を歩くために。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




