第24夜 「歩く理由」
今日も少女は夜を歩く。
夜見ヶ館の居間。
重たい空気は、まだ残っていた。
大型怪異。
目だらけの怪異。
人を取り込む異形。
そして、姉を襲った存在。
あまりにも異常な出来事だった。
霊能者達は資料をまとめ、結界班は街の再点検へ向かい、館の中も慌ただしい。
そんな中。
宵町カクリはソファに座っていた。
目の前には温かいお茶。
だが手をつけていない。
ぼんやりと湯気を見つめていた。
『珍しく静かだな』
はっちゃんが小さく言う。
今はテーブルの上に転がっていた。
「……考え事」
『あの目玉野郎か?』
「うん」
カクリは小さく頷く。
逃げられた。
また。
あと少しだった。
悔しい。
でも、それ以上に。
怖かった。
あの無数の目。
頭の中へ流れ込んできた声。
姉の姿。
思い出すだけで胸がざわつく。
「……私、勝てるのかな」
ぽつりと零れた。
はっちゃんは少し黙る。
そして。
『知らねぇ』
「……」
『でも、戦わなきゃ勝てねぇ』
単純だった。
でも、はっちゃんらしい。
『お前、最初は逃げ回ってただろ?』
「……うん」
『今はどうだ?』
カクリは少し考える。
怖い。
怪異は怖い。
今でも遭遇した瞬間、逃げたくなる。
でも。
「……前よりは、戦えてる」
『だろ?』
はっちゃんが笑う。
『ならそのうち届く』
カクリは鋏を見つめた。
最初はただの怖い夜だった。
姉を襲った怪異を探すためだけに歩いていた。
でも今は違う。
怪異に襲われる人がいる。
苦しんでいる人がいる。
今日だって、取り込まれていた人達がいた。
「……放っておけない」
小さく呟く。
その時。
居間の扉が開いた。
篠崎冬華だった。
「起きていましたか」
「うん」
冬華は静かに向かいへ座る。
黒い手袋を外し、お茶を一口飲んだ。
少し疲れているように見える。
それだけ今日の件は大きかったのだろう。
しばらく沈黙。
やがて冬華が口を開く。
「カクリさん」
「?」
「アナタの今後について、改めて聞かせてください」
カクリは顔を上げる。
冬華の瞳は真剣だった。
「今回の件でわかったと思いますが、今後さらに危険な怪異が現れる可能性があります」
「……うん」
「アナタは既に怪異側から認識されています」
空気が少し冷える。
思い出す。
あの怪異の言葉。
――ミツケタ。
あれは確実に、自分を見ていた。
冬華は続ける。
「今後、狙われる可能性も高いでしょう」
「……」
「ですから、改めて聞きます」
静かな声。
だが重い。
「アナタはどうしたいですか?」
居間が静まり返る。
遠くで時計の音だけが聞こえていた。
カクリは俯く。
どうしたいか。
そんなの、本当は最初から決まっている。
姉を助けたい。
怪異を見つけたい。
倒したい。
でも。
それだけじゃない。
今日見た。
怪異に苦しむ人達を。
怖がる霊能者達を。
戦っている人達を。
この世界は、自分が思っていたよりずっと広くて、危険だった。
『お前はどうしたい』
はっちゃんが聞く。
カクリはゆっくり顔を上げた。
「……私は」
声は小さい。
でも。
震えていなかった。
「お姉ちゃんを襲った怪異を探す」
冬華が静かに聞いている。
「それに」
カクリは拳を握った。
「もう、見てるだけは嫌」
怪異が人を襲う。
苦しめる。
泣かせる。
それを知ってしまった。
だから。
「……戦う」
冬華の目が少し細くなる。
「つまり」
カクリは頷いた。
「私、ここに入る」
居間の空気が少し変わる。
はっちゃんが笑った。
『へへっ、決めたか』
冬華は静かに目を閉じる。
そして。
「……わかりました」
小さく頷いた。
「歓迎します。宵町カクリさん」
その言葉は、不思議と重かった。
まるで、本当に別の世界へ踏み込んだみたいに。
その時。
勢いよく扉が開く。
「えっ!?ほんと!?」
九条れいなが飛び込んできた。
「カクリちゃん入るの!?やったぁぁ!!」
「れ、れいなちゃん!?」
どうやら盗み聞きしていたらしい。
れいなは満面の笑みで抱きついてきた。
「仲間だぁー!!」
「くるしい……」
『ガハハハ!!』
はっちゃんが大笑いする。
冬華も小さく息を吐いた。
少しだけ。
館の空気が軽くなる。
だが。
カクリは窓の外を見た。
夜。
暗い街。
あの怪異はまだいる。
どこかで、自分を見ている。
でも。
もう一人じゃない。
少女は静かに巨大断ち鋏へ触れた。
そして。
夜へ向かって、小さく呟く。
「……次は、絶対に逃がさない」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




