第23夜 「残された気配」
今日も少女は夜を歩く。
巨大怪異の暴走から数時間後。
商店街には、まだ焦げ臭い空気が残っていた。
崩れた看板。
割れた窓。
焼け焦げたアスファルト。
戦いの跡がそこら中に残っている。
宵町カクリは路地裏を歩いていた。
「……いない」
ぽつりと呟く。
あの目だらけの怪異。
姉を襲った怪異。
あれから霊能者達総出で周囲を捜索した。
だが。
見つからない。
痕跡も薄い。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
『逃げ足だけは一流だな』
はっちゃんが低く言う。
今はキーホルダーサイズになって、カクリのカバンにぶら下がっていた。
『気配を散らしてやがる』
カクリは立ち止まる。
暗い路地。
壁には黒い染みが残っていた。
霊能者達が調査している。
「呪残留濃度は高いですが……」
「核反応なし」
「完全に逃げられてますね」
冬華も少し離れた場所で話していた。
「周辺結界を強化してください」
「ですが、相手はかなり高度な潜伏能力を……」
「それでもです」
冬華の声は静かだが厳しい。
カクリはその横顔を見る。
皆、探している。
でも。
見つからない。
「……くそ」
思わず零れる。
悔しい。
あと少しだった。
あと少しで届きそうだったのに。
『焦んな』
はっちゃんが言う。
『逃げたってことは、向こうもまだ完全じゃねぇ』
「……でも」
『本当にヤバいやつなら、あの場で全員殺してる』
カクリは黙る。
確かに。
あの怪異は強かった。
でもどこか、“未完成”だった。
最後にも言っていた。
――アレガヒツヨウ。
「あれって、なんだったんだろ」
『さぁな』
はっちゃんが少し唸る。
『だが、ありゃ何かを集めてる』
「人?」
『多分な』
カクリは拳を握る。
嫌な予感しかしない。
その時。
後ろから声がした。
「カクリさん」
振り向くと、篠崎冬華が立っていた。
黒いコートの裾が夜風に揺れる。
「……見つからなかった」
「はい」
冬華も視線を暗い街へ向ける。
「かなり知能が高い怪異です。普通の怪異とは別物でしょう」
「……姉を襲ったやつ」
冬華は静かに頷く。
「恐らく」
少し沈黙。
遠くで霊能者達の声が聞こえる。
封印。
調査。
結界。
皆動いている。
だが夜の空気は重かった。
冬華がゆっくり言う。
「一度、館へ戻りましょう」
「……うん」
これ以上探しても意味がない。
カクリにもわかっていた。
怪異はもういない。
だが。
“また現れる”。
そんな気がした。
◇
夜見ヶ館。
館へ戻る頃には、すっかり夜になっていた。
昼間だったはずなのに、今日は妙に長く感じる。
居間には何人かの霊能者が集まっていた。
皆、疲れた顔をしている。
れいなもいた。
「カクリちゃん!」
ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「大丈夫だった!?」
「うん」
「よかったぁ……!」
れいなは本当に心配していたらしい。
少し涙目だった。
カクリは小さく笑う。
「れいなちゃん、泣きそう」
「だ、だってぇ……!」
『へへ、心配されてんじゃねぇか』
はっちゃんが笑う。
れいながはっちゃんを見る。
「はっちゃんも無事でよかった!」
『オレは神だからな』
「また言ってる」
少しだけ空気が和らぐ。
だが。
部屋の奥では、重い話が続いていた。
「被害者は全員保護済みです」
「侵食は軽度から中度」
「しかし、意識が戻らない者も……」
カクリの顔から笑みが消える。
冬華が席についた。
部屋の空気が静まる。
「今回の件について、いくつかわかったことがあります」
皆が耳を傾ける。
「まず、あの大型怪異は自然発生ではありません」
ざわつき。
やはり。
冬華は続ける。
「誰かが意図的に育てています」
「そんなこと可能なんですか?」
若い霊能者が聞く。
「通常なら不可能です」
冬華は静かに答える。
「ですが、人為的に怪異へ餌を与え続ければ、理論上は可能です」
「餌……」
「恐怖、未練、呪い、そして人間」
空気が冷える。
カクリはあの怪異を思い出す。
人を取り込んでいた。
あれはまるで。
“育てられていた”。
冬華が続ける。
「さらに、あの目の怪異」
部屋の空気がさらに張る。
「恐らく、今回の中心です」
カクリは顔を上げた。
「……やっぱり」
「はい。大型怪異を利用していた可能性があります」
『寄生型か』
はっちゃんが呟く。
冬華が頷く。
「もしくは操縦型。どちらにせよ危険度は非常に高い」
れいなが不安そうに言う。
「また来るの……?」
沈黙。
そして冬華は静かに答えた。
「……来ます」
その一言で、部屋の空気が凍った。
カクリは巨大断ち鋏を見つめる。
逃げられた。
でも終わってない。
むしろ、始まったばかりだ。
その時。
はっちゃんが小さく笑った。
『へへっ』
「?」
『面白くなってきたじゃねぇか』
カクリは小さく息を吐く。
そして静かに呟いた。
「……次は逃がさない」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




