第16夜 「断ち切る刃」
今日も少女は夜を歩く。
夜見ヶ館地下演習場。
暴走した怪異の絶叫が空間を震わせていた。
「ァァァァァァァァァァ――――!!」
黒い腕が無数に蠢く。
床を叩き、壁を削り、結界を軋ませる。
だが、その中心。
篠崎冬華の使役怪異によって縛られた一瞬の隙。
宵町カクリは空中へ跳んでいた。
「……切る!!」
巨大断ち鋏が振り上げられる。
銀色の刃が、照明の光を反射した。
怪異の首元。
そこだけ靄が薄い。
核。
はっちゃんの言葉を信じるなら、あそこを断てば終わる。
「ァァァァァ!!」
怪異が暴れる。
黒い手がカクリへ伸びる。
だが。
「遅い!」
カクリは空中で身体を捻った。
迫る腕を回避し、そのまま全体重を乗せて鋏を振り下ろす。
ギィィィィィィン!!
激しい火花。
硬い。
今まで切ってきた怪異とは比べ物にならない。
巨大断ち鋏が止まる。
「っ……!」
『押し切れぇぇぇぇ!!』
はっちゃんが叫ぶ。
カクリは歯を食いしばった。
怖い。
重い。
押し返される。
だが。
脳裏に浮かぶ。
病院のベッド。
眠ったままの姉。
あの夜。
黒い影。
「……負けない!!」
カクリの瞳が強く光る。
次の瞬間。
巨大断ち鋏から銀色の光が溢れた。
「なっ……!?」
周囲の霊能者達が目を見開く。
刃が、一気に怪異へ食い込む。
「ァ……?」
そして。
ズバァァァァァン!!!
怪異の核が断ち切られた。
一瞬、時間が止まったような静寂。
直後。
怪異の身体全体へ亀裂が走る。
「ア……ァァァァァァァァァ!!」
断末魔。
黒い身体が崩れていく。
腕。
顔。
胴体。
全てが砂のように崩壊し、黒い霧となって消えていった。
静かになった。
演習場には、荒れた床と焦げ跡だけが残っている。
カクリは着地した。
荒く息を吐く。
巨大断ち鋏が少しずつ小さな姿へ戻っていった。
「はぁ……っ……」
『やりやがったな』
はっちゃんの声には驚きが混ざっていた。
れいなが駆け寄ってくる。
「カクリちゃん!!」
「……れいなちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫!でもカクリちゃんすごい!!」
勢いよく抱きつかれ、カクリが少しよろける。
「くるしい」
「えへへ!」
周囲の霊能者達もざわついていた。
「今の見たか……?」
「あの年で核を見抜いた?」
「いや、それよりあの霊具……」
視線が集まる。
カクリは少し居心地悪そうに視線を逸らした。
篠崎冬華がゆっくり近づいてくる。
使役怪異の着物の女は、既に彼女の影へ沈むように消えていた。
「お見事です」
冬華は静かに言った。
「初めてとは思えませんね」
「……たまたま」
『いやいや、今のは普通にすげぇぞ』
はっちゃんが笑う。
冬華は床を見た。
怪異が崩れた場所。
そこには、小さな黒い石のようなものが落ちていた。
「……残滓が残りましたか」
冬華が拾い上げる。
黒い石は脈打つように微かに揺れていた。
カクリが聞く。
「それ、なに?」
「怪異核です」
冬華は静かに答える。
「強い怪異ほど、核の一部を残すことがあります」
「危なくないの?」
「適切に封印すれば問題ありません」
だが、その目は少し険しかった。
「……本来、この程度の怪異が演習場で暴走することはありません」
空気が少し重くなる。
若い霊能者の一人が呟いた。
「封印が緩んでたのか……?」
「いや、結界は正常だったはずだ」
「じゃあ何故……」
ざわめき。
冬華はしばらく考え込んでいた。
その時。
『なぁ』
はっちゃんが低く言う。
『あの怪異、妙だったぞ』
「妙?」
『核の感じが変だった。無理やり育てられたみてぇな……』
冬華の目が細くなる。
「……それは私も感じました」
れいなが不安そうに周囲を見る。
「誰かがやったってこと……?」
沈黙。
誰も即答できない。
もし誰かが怪異を意図的に強化しているなら。
それはかなり危険だった。
カクリは小さく拳を握る。
怪異は自然に発生するだけじゃない。
“誰か”が関わっている可能性もある。
すると冬華がカクリを見る。
「カクリさん」
「?」
「アナタ、正式にこちらへ協力する気はありますか?」
周囲の視線が集まった。
れいなは嬉しそうに目を輝かせる。
「仲間になるの!?」
「まだ決まってません」
冬華は静かに続ける。
「もちろん普段は普通に学校へ通ってもらいます」
「……普通」
「ですが、アナタには才能があります」
冬華の目は真剣だった。
「今後、怪異はさらに危険になるかもしれません」
演習場の壊れた床。
さっきの怪異。
あの異常な力。
カクリはゆっくり目を閉じた。
怖い。
本当に怖い。
でも。
夜を歩くことは、もうやめられない。
「……考えとく」
冬華は小さく頷いた。
「えぇ。それで構いません」
その時だった。
演習場の照明が、一瞬だけ明滅する。
ピシッ。
小さなノイズ音。
カクリが反応する。
「……?」
誰にも聞こえないくらい小さな声。
それが、どこかから聞こえた気がした。
――ミツケタ。
カクリの背筋が凍る。
今の声。
どこか、あの夜に似ていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




