第14夜 「演習場」
今日も少女は夜を歩く。
だが今は朝だった。
夜見ヶ館の障子から、柔らかな朝日が差し込んでいる。
宵町カクリはゆっくり目を開けた。
知らない天井。
……ではない。
昨日泊まった夜見ヶ館の和室だ。
「……朝」
体を起こす。
隣の布団を見ると、れいなが気持ちよさそうに眠っていた。
布団を抱きしめ、幸せそうな顔をしている。
「すぅ……カクリちゃーん……」
寝言だった。
『おい、抱き枕扱いされてたぞお前』
机の上から、はっちゃんが呆れたように言う。
カクリは少しだけ視線を逸らした。
「……重かった」
『ハハッ!』
その時。
コンコン、と障子が叩かれる。
「起きていますか?」
篠崎冬華の声だった。
「……起きてる」
「朝食の準備ができています。その後、演習場へ向かいますので」
「うん」
障子の向こうの気配が離れていく。
すると、れいながもぞもぞ動いた。
「んぅ……朝ぁ?」
「起きて」
「あと五分……」
「演習」
「起きる!」
即座だった。
カクリは少しだけ笑う。
朝食を終えた後。
カクリ達は館の地下へ向かっていた。
長い階段。
冷たい空気。
下へ行くほど、妙な気配が濃くなっていく。
『地下かよ』
はっちゃんが周囲を見回す。
『いかにもって感じだな』
「封印区画も兼ねていますから」
冬華が前を歩きながら答える。
やがて、大きな金属扉の前へ辿り着いた。
札が何枚も貼られている。
重そうな扉。
冬華が札へ触れると、ゆっくりと扉が開いた。
その先を見て、カクリは目を見開く。
「……広い」
まるで体育館だった。
いや、学校の体育館よりさらに広い。
高い天井。
コンクリートの床。
壁中に札や術式のような模様が刻まれている。
照明は白く、空間全体を明るく照らしていた。
『へぇ……』
はっちゃんも感心したように鳴る。
『結界で囲ってやがるな』
既に何人かの霊能者が集まっていた。
和服姿の男性。
札を腰に提げた女性。
木刀を持つ青年。
皆、どこか普通じゃない。
その視線がカクリへ向く。
「昨日の子か」
「本当に小学生なんだな」
「霊具持ちって聞いたぞ」
ひそひそ声が聞こえる。
カクリは少し居心地悪そうに視線を逸らした。
れいなは元気よく手を振る。
「おはよーございまーす!」
「九条さん元気だな……」
「朝から騒がしい……」
どうやらいつものことらしい。
冬華が中央へ立つ。
「では、本日の演習を始めます」
空気が変わる。
さっきまでの緩さが消えた。
全員の目が真剣になる。
「今回の対象は低〜中位怪異」
冬華が指を鳴らす。
すると、部屋の奥の檻のような扉がゆっくり開いた。
その瞬間。
黒い気配が溢れ出す。
「ァァァァ……」
呻き声。
歪な影。
人型の怪異が数体、演習場へ這い出してきた。
カクリは無意識に鋏へ手を伸ばく。
『待て』
はっちゃんが止めた。
『今日は見学だろ』
「……うん」
怪異は全部で五体。
どれも夜の街で見るものと似ている。
だが、少しだけ弱い。
「では、開始」
冬華の声と同時に、霊能者達が動いた。
一人の青年が札を投げる。
札は空中で燃え、火の輪となって怪異を包み込んだ。
「ギャァァァ!!」
別の女性は鈴を鳴らす。
澄んだ音が広がり、怪異の動きが鈍くなる。
「へぇ……」
カクリは思わず見入っていた。
戦い方が違う。
自分みたいに切るだけじゃない。
『術式型か』
はっちゃんが分析するように言う。
『道具、音、呪符……色々いやがる』
その時。
「いきます!」
れいなが前へ出た。
札を構える。
怪異が一体、れいなへ飛びかかった。
「ひゃっ!?」
だが今回は止まらない。
れいなは慌てながらも札を叩きつける。
「えいっ!!」
パァン!!
光が弾けた。
怪異が吹き飛ぶ。
「ァァァァ!!」
そのまま別の霊能者が追撃し、怪異を浄化した。
「や、やった!」
れいなが嬉しそうに笑う。
だが次の瞬間、背後から別の怪異が迫る。
「後ろ!」
カクリが思わず叫ぶ。
れいなが振り返る。
ギリギリで札を構え、防御結界が展開された。
黒い爪が結界へ激突する。
バチィッ!!
「きゃぁっ!?」
れいなが後ろへ転がる。
だが、すぐ横から木刀の青年が飛び込んだ。
「下がれ!」
木刀が光を纏い、怪異を叩き斬る。
黒い影が霧散した。
「大丈夫か?」
「は、はい!」
れいなは慌てて立ち上がる。
冬華は腕を組みながら見ていた。
「判断は悪くありません。ですが反応が遅いですね」
「うぅ……」
れいながしょんぼりする。
カクリは静かに演習を見つめていた。
怪異との戦い。
それを訓練として積み重ねる人達。
夜を歩く者達は、自分が思っていたよりずっと多い。
その時。
演習場の奥。
まだ閉じられている檻の向こうから、ガン、と重い音が響いた。
カクリが反応する。
「……?」
他の霊能者達も顔を上げる。
再び。
ガン。
ガン。
まるで中から何かが叩いているみたいだった。
空気が少し張り詰める。
冬華の目が細くなる。
「……おかしいですね」
『おい』
はっちゃんの声が低くなる。
『あれ、中位じゃねぇぞ』
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次回もお楽しみに




