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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第128夜 「校門の灯り」



今日も少女は夜を歩く。


舞台の下から聞こえた声は、そこで途切れた。


『灯りを返したら』


『次は』


『校門へ』


赤いランプが、ひときわ強く瞬く。


ピッ。


その瞬間、舞台の下に沈んでいた空気が、すっと軽くなった。


まるで、ずっと張りつめていた糸が一度だけ緩んだみたいに。


白石さやはテープレコーダーを見つめたまま、息を止める。


「……校門」


ユイがそっと隣に立った。


「次は、学校の出口?」


「うん」


ひびきが小さくうなずく。


「でも」


「校門は」


「外に出る場所じゃない」


「……?」


「学校に入るときに」


「最初に名前を通す場所」


その言葉で、白石さやの胸の奥が静かに痛んだ。


校門。


朝、登校するとき。


日差しの下で、何気なくくぐっていたあの門。


名前を呼ばれなくても、見落とされなくても、そこを通るだけで学校の一日が始まる場所。


その入口に、まだ声が残っている。


みちびきが階段の上から顔を出した。


「ぼくも行く」


「校門には」


「まだ灯りがある」


総長が腕を組む。


「次々と場所を変えるな」


「学校全体が、ひとつの装置のようじゃのう」


冬華が静かに頷いた。


「ええ」


「保健室、音楽室、放送室、校庭、そして校門」


「場所を順にたどることで、名前と声を戻す」


白い梟が舞台の上に降り立つ。


『回収経路、最終区画へ』


『残留声標、終端配置』


『校門点、最終反応』


白石さやは記録帳を胸に当てた。


ページの端が、まだほんのり熱い。


さっきまでそこにあった文は、今は少しだけ書き換わっていた。


『最後のひとり分は、校門にいる』


「……ひとり分」


白石さやがつぶやく。


ひびきが彼女を見た。


「うん」


「たぶん」


「ぼくの名前の」


「最後のかけら」


「……」


「でも」


「それだけじゃない」


みちびきが静かに階段を降りる。


土で汚れた小さな靴のまま、舞台の外へ出ると、校庭を抜けて校舎の前を指差した。


「校門は」


「あそこ」


一行は、校庭を横切って進んだ。


夕方でもなく、夜でもない時間のはずなのに、校庭の影は長い。


赤い灯りは、舞台の下から移されたあとも、ひとつだけ白石さやの目の奥に残っている気がした。


校舎の前へ来ると、そこには古い門が立っていた。


鉄の門柱。


さびた扉。


校章のついたプレートは、ところどころ剥げている。


普段なら何でもない景色だ。


けれど今は違う。


門の上に、小さな赤い灯りがひとつ、静かに浮かんでいた。


夜空に針で留めたみたいな、細い光。


白石さやは立ち止まる。


「……これ」


「さっきの灯り?」


「うん」


ひびきが少し息を吸った。


「校門の灯り」


「学校に入るときに」


「名前を聞く声」


「それが残ってる」


白い梟が短く羽ばたく。


『声標、固定』


『校門記録、開放前』


『接近注意』


門の前へ近づくと、足元の砂利が鳴った。


カリ、と乾いた音。


誰も踏んでいないのに。


そして。


門柱の影から、ひとりの影が現れた。


大人だ。


学校の警備員のような服を着ている。


けれど顔がない。


いや、顔があるのに、門の光に触れた瞬間、認識が抜け落ちる。


視線を向けても、すべてが通り過ぎてしまう。


その影は、門に手をかけたまま、静かに言った。


『通る人は、名を』


白石さやの肩が強ばる。


この声も知っている。


朝、遅刻しそうなとき、門のそばで聞こえていた気がする。


名を通せ。


門をくぐるには名前がいる。


それはただの校則じゃなかった。


ここでは、本当に名前を確かめられていたのだ。


「……校門の、声?」


冬華が静かに問う。


影は答えない。


代わりに、門の鉄格子がぶるりと震えた。


ガラン、と古い鈴のような音が鳴る。


すると、門の向こう側の地面に、白い紙が一枚、ひらりと落ちた。


白石さやが拾い上げる。


そこには、細い鉛筆書きでこうあった。


『名前を通さないと、学校に残れない』


『名前を持たないと、外へ出られない』


『どちらでもない者は、門の前で立ち止まる』


「……立ち止まる」


みちびきが、ぎゅっと名札を握る。


「それ」


「ぼく」


「ずっとそうだった」


門の影が、かすかに揺れた。


『音無ひびき』


その名前を、影が呼ぶ。


ひびきがびくりと肩を震わせた。


「……まだ」


「ぼくの名前」


影は静かに続ける。


『門を通るなら、最後まで』


『放送だけでは足りない』


『校庭だけでも足りない』


『残りを、ここで返せ』


白石さやがゆっくり前へ出た。


記録帳を開く。


ページの最後。


そこに、さっきから少しずつ文字が増えていた。


『校門の灯りは、名前の出口』


『通過するには、最後のひとりを呼ぶ』


『最後のひとりは、門の前で待つ』


白石さやの胸が、どくんと鳴る。


「最後のひとり……」


その言葉で、門の影が静かに頭を上げた。


そして、校門の向こうからもう一つ、細い影が現れる。


門の外。


校舎の内。


どちらにもいるようで、どちらにもいない。


白いリボンを付けた子供だ。


だが、今までの子供たちとは違う。


輪郭が、ひどく静かだった。


そして、その胸の名札は、空白でも、途中でもない。


何も書かれていないはずなのに、読み上げようとすると胸の奥にだけ響く。


みちびきが、その子を見た瞬間、小さく息を吐く。


「……いた」


「最後のひとり」


白石さやが目を見開く。


「この子が?」


ひびきは、こわばったままうなずく。


「うん」


「ぼくたちの」


「名前を見てた子」


「呼ばれる側じゃなくて」


「門で、ずっと聞いてた」


門の影が、その子へ向けて手を差し出す。


『名を』


その子供は、しばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと。


ほんのかすかな声で言った。


「……さや」


白石さやの目が揺れる。


違う。


呼ばれているのは自分じゃない。


けれど、その声は自分の奥に届く。


記録帳がぱらりと勝手にめくれた。


そこにあった一文。


『最後のひとりは、名を持たない門番』


『呼ばれるのを待つことで、みんなを通していた』


白石さやは、ゆっくり門番を見た。


「……あなた」


「ここで、ずっと」


門番は、顔のないまま静かにうなずいた。


そして、初めてはっきりと告げる。


『門をくぐる前に』


『名前を、返せ』


その言葉で、校門の赤い灯りが強く瞬いた。


ピッ。


門の外の闇が、少しだけ開く。


その先にあるのは学校の外ではない。


もっと深くて、もっと静かな場所。


白石さやは記録帳を握りしめた。


今まで戻してきた名前。


呼び返してきた声。


その全部が、今この門の前に集まり始めている。


ひびきが震える声で言った。


「……さやちゃん」


「うん」


「次で」


「ほんとに」


「終わる?」


白石さやは、門番を見た。


赤い灯りの下で、ひとつ深く息を吸う。


「たぶん」


「ここが」


「最後」


そして。


校門の向こうから、知らない声が静かに返った。


『では』


『通してください』


その声で、門の鉄扉が、ゆっくり開いた。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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