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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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127/131

第126夜 「校庭の底で、名を呼ぶ」



今日も少女は夜を歩く。


校庭の地面が、ゆっくりと盛り上がった。


砂の下ではない。


もっと深いところ。


土の底で、何かが身をよじるように動いている。


ぶくり、と。


赤い灯りがひとつ、地面の裂け目から浮かび上がった。


そして、もうひとつ。


さらに、ひとつ。


さっきまで遊具の周囲に散っていた赤い点が、全部そこへ集まっていく。


白石さやは息をのんだまま、記録帳を抱きしめた。


「……下にいる」


ひびきが青ざめる。


「だめ」


「そこ、出てくると」


「遊びが終わらない」


その言葉と同時に、地面の盛り上がりがぼこりと裂けた。


砂ではなく、古い木片が見える。


それは校庭の土ではない。


もっと昔の何かだった。


土を押し分けて、白い紙のような布がのぞく。


いや。


布ではない。


紙を何枚も縫い合わせた服だった。


その中央から、小さな手が伸びる。


指先が、土の表面をつかんだ。


「……っ!」


ユイが一歩後ずさる。


カクリが鋏を開く。


「来る」


総長も刀を構え直した。


「地下からか」


「学校の底に、まだ隠し部屋でもあるのかのう」


白い梟が鋭く羽ばたく。


『地下残響体、顕現中』


『校庭下層、記録外』


『注意』


『鬼遊戯、終盤移行』


「鬼遊戯……」


冬華が校庭を見据える。


「まだ、続いていたのですね」


すると、地面の裂け目から、ひとりの子供が這い上がった。


白いリボン。


白い名札。


でも今度のそれは、ひどく古い。


紙が焼けたみたいに黄ばんでいて、結び目もほどけかけている。


顔は見えない。


ただ、胸元の名札だけが赤く光っている。


その子供は、土だらけの手で地面を支えながら、ゆっくりと立ち上がった。


「……やっと」


小さな声だった。


けれど、校庭中に響く。


「やっと、見つけた」


白石さやの胸がどくんと鳴る。


その声を、知っている気がした。


いや。


知っているのではない。


ずっと、どこかで聞いていた。


放送室の雑音の奥。


保健室の眠りの端。


音楽室のピアノの余韻。


全部の底に、同じ声が流れていた。


白石さやは、震える指で記録帳を開く。


最後のページ。


そこに、さっきまでなかった一文が浮かんでいた。


『鬼は、まだ返されていない』


「……鬼」


れいなが息をのむ。


「この子が?」


白い子供は、ゆっくりと顔を上げた。


顔は見えないのに、なぜか泣いていることだけが分かる。


「ぼく」


「鬼じゃない」


「……え?」


「ぼくは」


「鬼にされた」


その一言で、校庭の赤い灯りが一斉に強く瞬いた。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


白いリボンの子供たちが、ぎくりと動きを止める。


ひびきが掠れた声を出す。


「……それ」


「思い出した」


白石さやが振り向く。


「ひびき?」


ひびきは土の上に立つ子供を見たまま、震える声で続けた。


「この子」


「ずっと」


「校庭の底で」


「名前を呼び続けてた」


「でも」


「誰にも」


「届かなかった」


白い子供が、かすかにうなずく。


「うん」


「ぼく」


「呼んでた」


「みんなに」


「呼び返してほしかった」


総長が低く唸る。


「では、これは」


「遊びではなく」


「待ち続けた末に、鬼にされたということか」


白い子供は静かに首を振る。


「ちがう」


「鬼にされたんじゃない」


「鬼は」


「ひとりにされること」


その言葉で、全員の空気が止まった。


校庭の遊具が、ぶらん、と揺れる。


ブランコ。


鉄棒。


砂場。


すべてが、さっきまでの遊びを思い出しているように、静かに音を立てた。


白石さやは、胸が締めつけられるのを感じた。


「ひとりにされること……」


白い子供は、土まみれの手で自分の胸を叩いた。


「ぼくは」


「ここで」


「呼ぶ役だった」


「でも」


「途中で名前がなくなって」


「だれも」


「ぼくを見なくなった」


「だから」


「ここで、遊びが止まった」


冬華が静かに言う。


「校庭の鬼ごっこは」


「名前を返せなくなった遊び、だったのですね」


白い子供は小さくうなずく。


「うん」


「終わりたかった」


「でも、終われなかった」


その時、校庭の奥で、赤い灯りがもうひとつ増えた。


今度は地面の下ではない。


ブランコの鎖の先。


そこに、見えない何かが乗っている。


ぶらん。


揺れるたび、赤い光が散る。


そして、ひびきが息を呑んだ。


「……ぼくの」


「名前の続き」


「そこにある」


白石さやが視線を向ける。


ブランコの影の中に、薄い紙片がぶらさがっていた。


そこには、かすれた字でこう書かれている。


『音無ひびき』


『続き』


白石さやが、その文字を見た瞬間、記録帳が熱を持った。


ページがひとりでにめくれる。


そこに浮かぶのは、一行。


『鬼は、名前を呼ばれると終わる』


「……終わる」


カクリが鋏を握りしめた。


「なら」


「呼ぶ」


ひびきが目を見開く。


「だめ」


「呼んだら」


「遊びが」


「終わる」


白石さやは、土の中から上がってきた白い子供を見た。


その子の名札は、まだ空白のままだった。


でも。


もう分かる。


この子は、校庭の底でずっと返事を待っていた。


遊びにされたのは、この子だけじゃない。


名前も、声も、呼び返す相手も、全部がここで止まっていた。


白石さやは、深く息を吸う。


「終わるよ」


小さな子供が、びくりと顔を上げる。


「……え?」


「遊び」


「終わらせる」


その一言に、校庭の空気がさらに張りつめた。


白いリボンの子供たちが、一斉にこちらを向く。


『だめ』


『だめ』


『まだ』


『鬼は終わらない』


赤い灯りが、点滅を速める。


だが白石さやは、記録帳を開いたまま、一歩前へ出た。


「音無ひびき」


「……!」


ひびきが息をのむ。


「わたしは」


「白石さや」


「あなたの名前を」


「返す」


その声で、ブランコの影がぴたりと止まった。


土の底から出てきた子供が、両手で顔を覆う。


「……ぼく」


「呼ばれた」


「うん」


「もう」


「ひとりじゃない」


白石さやは、記録帳を開ききる。


最後のページにあった空白へ、今度は自分の声で書き込むように。


「音無ひびき」


その名を呼んだ。


その瞬間、校庭の赤い灯りが、ひとつずつ消えはじめる。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


遊具の揺れも止まり、ブランコの鎖が静かに落ち着く。


地面の裂け目から上がってきた子供が、ようやく顔を上げた。


その胸の名札に、うっすらと文字が浮かぶ。


『鬼』


ではない。


もっと小さく。


もっとやさしい字だった。


『みちびき』


白い子供が、息をのむ。


「……ぼくの」


「名前」


校庭の向こうで、朝のチャイムがひとつ鳴った。


今度は、さっきのような誘導音ではない。


終わりの音だ。


白い梟が静かに空を見上げる。


『校庭遊戯、終了』


『残留声標、回収』


『鬼遊戯、解体』


けれど。


その言葉の最後に、もう一つだけ小さな反応が残った。


校庭の砂の上。


赤い灯りが一つだけ、まだ消えずに点っている。


その赤は、ひどく静かだった。


まるで。


まだ次の名前を待っているみたいに。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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