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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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第125夜 「遊びの続き」



今日も少女は夜を歩く。


『……遊びの続きを、始めましょう』


校庭に響いたその声で、空気が一瞬だけ止まった。


ブランコの鎖がきしむ。


鉄棒の影が、長く伸びる。


砂場の白い輪郭が、朝でも昼でもない色に沈んでいく。


白石さやは記録帳を胸に抱えたまま、校庭の中央を見つめた。


赤い灯りは、ひとつではない。


二つ。


三つ。


点滅しながら、遊具のまわりに散っている。


まるで。


子供たちの目が、夜の中で瞬いているみたいだった。


「……遊び?」


れいなが小さく呟く。


「なにそれ、こわいんだけど」


ひびきは顔を青くしたまま、砂場の方へ視線を向ける。


「だめ」


「それ、だめ」


「どうして」


ユイが尋ねると、ひびきは唇を噛んだ。


「声標で遊ぶと」


「名前が」


「戻れなくなる」


白い梟が低く羽を震わせる。


『遊戯反応、開始』


『記録外回収体、複数』


『校庭装置、起動中』


総長が眉をひそめた。


「装置?」


冬華が校庭の片隅を見やる。


古い防災無線の柱。


その根元に、白く擦れた線が何本も引かれている。


円。


円。


円。


それはただの傷ではない。


地面に描かれた、遊びの輪のようにも見えた。


「……子供の遊び場の、境界線」


冬華がつぶやく。


「ここに入ると」


「何かが始まる」


カクリは鋏を握ったまま、砂場へ近づいた。


砂の上には、誰かが描いた丸がひとつある。


その中に、細い文字がいくつも重なっていた。


『ま』


『る』


『ひとつ』


『ならぶ』


『よぶ』


『かえす』


「……これ」


白石さやが息を呑む。


「わたしの」


「文字……?」


もう一人の白石さやも、同じ紙面を見ていた。


「ううん」


「ちがう」


「これは」


「呼ばれた側の字」


「……?」


「わたしが」


「夜に」


「何度も砂に書いた」


その瞬間、砂場の中央に埋もれていた古いバケツが、ひとりでに持ち上がった。


ガタ。


ガタガタ。


そして、ひっくり返る。


中から落ちたのは、砂ではなかった。


紙片だった。


何枚も。


何十枚も。


白い紙が、ずるりとこぼれ落ちる。


「っ……!」


ユイが一歩後ろへ下がる。


紙片は、ひとつひとつに名前の断片が書かれていた。


『さ』


『や』


『ひ』


『び』


『き』


『かえ』


『して』


ひびきが息をのむ。


「……ぼくの名前」


その中に、見覚えのある字がある。


まだ全部ではない。


けれど、確かに自分のものだと分かる。


白石さやは紙片を拾い上げる。


すると、紙の裏に、鉛筆で細く書かれた別の一文が現れた。


『おにごっこは終わらない』


『逃げる子がひとりになるまで』


総長が低く唸る。


「鬼ごっこか」


れいなが顔を引きつらせる。


「やだ、それ絶対やばいやつ……」


その時だった。


ブランコが、ぶらん、と揺れた。


風はない。


なのに、揺れている。


しかも一つではない。


二つ。


三つ。


見えない子供たちが座っているみたいに、校庭の遊具がそれぞれ違うリズムで動き始める。


「……来る」


ひびきがつぶやく。


「遊びが、始まる」


白い梟が低く鳴いた。


『記録外個体、発生』


『未返却声標、遊戯転化』


冬華が身構える。


「遊戯転化……?」


その言葉の直後、鉄棒の影からひとりの子供が現れた。


白いリボン。


白い名札。


けれど顔はない。


いや、あるのに見えない。


見た瞬間だけ、誰もそこを認識できなくなる。


その子供は、ブランコの前に立ち、やわらかい声で言った。


「まる」


「いっこ」


次に、砂場の端に別の子供。


「まる」


「にこ」


さらに、鉄棒の向こうにもう一人。


「……さんこ」


白いリボンの子供たちが、順番に現れていく。


七つの赤い灯りが、それぞれの胸元で点滅した。


ひびきがその光景に震える。


「……ぼく」


「見たことある」


「昔」


「ここで」


白石さやは、ぎゅっと記録帳を握った。


「これが、遊びの続き……?」


すると、白いリボンの子供たちが一斉に振り向いた。


そして。


かぶさるように、同じ声を出す。


「次は」


「白石さん」


白石さやの背筋がひやりとした。


「わたし?」


「うん」


「鬼になるの?」


白いリボンのひとりが、くすくすと笑ったように見えた。


「ちがう」


「白石さんは」


「終わりを持ってる」


その一言で、空気が変わる。


終わり。


その言葉に、ひびきも、さやも、ピタリと固まった。


白いリボンの子供たちは、校庭の円の中心へ集まり始める。


赤い点が、点滅を速める。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


まるで心臓みたいだ。


ひびきが青ざめて言う。


「これ」


「名前を集めるんだ」


「遊びの中で」


「ひとりずつ」


「呼ばれて」


「返事したら」


「……どうなる」


ひびきは震えた。


「鬼が」


「名前をもらう」


「そして」


「返せなくなる」


総長が刀を持ち上げる。


「つまり、奪う遊びか」


「ええ」


冬華が頷く。


「子供の形をしていますが」


「実態は名前の回収です」


赤い灯りが、ひときわ強く瞬いた。


その光の先。


防災無線の柱の上に、ひとりの大人が立っていた。


顔は見えない。


学校の先生のような服。


けれど、袖口も裾も紙でできている。


その人影が、ゆっくりとマイクを持ち上げる。


『それでは』


『鬼を決めましょう』


そして。


カチ、とスイッチが入る音。


校庭全体に、あの校内放送の声が流れた。


『白石さやさん』


『あなたが、鬼です』


白石さやの目が見開かれる。


「……わたし」


「鬼……?」


もう一人の白石さやも、はっと顔を上げた。


「だめ」


「それはだめ」


白いリボンの子供たちが、一斉に笑い始める。


笑い声は子供のものなのに、どこか古い。


何度も繰り返された遊びの、擦り切れた音だ。


『鬼は』


『名前を集める』


『鬼は』


『終わりを持ってる』


『鬼は』


『逃がさない』


白石さやは一歩、後ずさった。


記録帳のページがぱらぱらとめくれる。


その中の最後の白紙に、黒い文字が浮かんだ。


『鬼になった者は、次の名前を呼ぶ』


『呼ばなければ、校庭から出られない』


ユイが青ざめる。


「そんなの……」


「無茶苦茶だよ」


カクリが鋏を開く。


「切る」


ひびきも小さく拳を握る。


「ぼくも」


「名前、返す」


その時だった。


校庭のすべり台の下から、赤い灯りがもうひとつ点滅した。


七つでも八つでもない。


もっと奥。


地面の下から。


ゆっくりと。


はっきりと。


「……白石さやさん」


今度は、鬼役でも放送でもない声だった。


砂の下から聞こえる。


土を押し分けて、誰かが上がってくる。


白石さやが息を止めた。


「……まだ」


「いる」


地面が、静かに盛り上がる。


校庭の遊びは、まだ終わらない。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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