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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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125/131

第124夜 「赤い声標」



今日も少女は夜を歩く。


屋上の向こうに、赤い点が三つ浮かんでいた。


夜空に刺さった灯りのようでいて、近づくと少しずつ形が変わる。


ただの光ではない。


音だ。


声が、灯りのかたちを借りて浮かんでいる。


白石さやは記録帳を胸に抱えたまま、その赤を見つめた。


「……声標」


ひびきが小さくうなずく。


「うん」


「ぼく、わかる」


「これ」


「呼ぶ前の音」


「呼ばれたあとの残り」


その説明を聞いて、冬華が目を細める。


「つまり、あの赤い点は」


「声の痕跡、ですか」


白い梟が屋上の門の縁に止まり、低く鳴いた。


『残響具現』


『三点確認』


『校内放送の断片、回収対象』


総長が屋上の鉄骨を見上げる。


「三つ、か」


「ひとつじゃないのう」


「ええ」


白石さやは記録帳のページをめくった。


そこには、さっきまでなかった文が浮かんでいる。


『次の声標を、屋上から渡せ』


『渡す先は、校庭』


「校庭……」


ユイが小さく繰り返す。


「屋上じゃない」


「今度は外」


カクリは鋏を肩に乗せたまま、屋上の門の向こうを見る。


黒い夜の中に、赤い点が揺れている。


赤い点のひとつが、少しだけこちらへ近づいた。


近づいた、というより。


声が、風のかたちで降りてきた。


『……白石さやさん』


その声は、さっきまでのスピーカーの機械音とは違う。


人の声だ。


若い。


けれど、どこか校舎の古い木材みたいに擦れている。


『聞こえますか』


白石さやの喉が鳴る。


「……だれ」


返事はない。


代わりに、ひびきが胸元の名札を強く握った。


「わかる」


「この声」


「体育の時間に」


「放送してた」


「……体育?」


れいなが首を傾げる。


「校内放送じゃなくて?」


ひびきはゆっくりうなずいた。


「うん」


「運動会の前」


「全校体育のとき」


「校庭にだけ流れてた」


「名前を呼ぶ声」


校庭。


校舎の外。


昼の場所。


広い場所。


そこに、まだ声標が残っている。


白い梟がひとつ羽ばたいた。


『回収順序、校庭優先』


『三点のうち一つ、校庭へ投射中』


白石さやは記録帳を開いたまま、ページを見つめる。


最後の一行が、じわりと濃くなる。


『渡す先は、校庭』


「行く」


短くそう言うと、白石さやはひとつ息を吸った。


「でも」


「屋上から、どうやって?」


その問いに答えるように。


屋上の中央に立っていた門のような鉄骨が、きしりと音を立てた。


門ではない。


アンテナ台でもない。


その影の奥に、誰かが手を置いている気配がする。


『……白石さん』


また同じ声。


今度は、すぐそばだ。


『渡してください』


門の向こう。


何もない空中に、白い布がひとつ、ふわりと垂れた。


それは校旗のようでもあり、白いリボンのようでもある。


けれど、近づくと違った。


布ではない。


紙だ。


何枚もの紙が縫い合わせて、一つの旗みたいになっている。


白石さやは、それを見た瞬間、胸がきゅっと痛んだ。


「……これ」


「覚えてる」


「うん」


眠っていた方の白石さやも、小さく言う。


「屋上で」


「風に飛ばされそうになった放送原稿を」


「一緒に、押さえた」


「……」


「その時の紙」


『校庭へ渡す声標です』


白い梟が淡々と告げる。


『回収後、屋外設備へ再接続』


『声の残りを、次の点へ運ぶ』


「次の点……」


冬華が門の向こうを見つめる。


「まだ他にもあるのですね」


ひびきは少しだけ困った顔で笑った。


「ある」


「でも」


「先に校庭」


その時だった。


夜空の赤い点のうち一つが、すっと落ちた。


落ちた、というより。


声が下へ向かった。


屋上の柵の向こう、校庭の片隅に立っている古い放送塔へ。


そこには、赤い灯りがひとつだけ点っている。


『防災無線』


総長が目を細める。


「校庭のスピーカーか」


「そう」


ひびきが小さく頷いた。


「でも、学校のじゃない」


「前からある」


「かなり古い」


「たぶん」


「声標が、そこに刺さってる」


カクリは鋏を握り直した。


「刺さってる?」


「うん」


「抜かないと」


「夜の声が、校庭に残ったままになる」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに。


校庭の赤い灯りが、ひときわ強く瞬いた。


ピッ。


そして。


マイクを通したような雑音が、夜空の底から上がってくる。


『……白石さやさん』


『お待ちしていました』


その声は、今度は放送室のものでも、屋上のものでもない。


もっと広い。


校庭全体に響く声だ。


ひびきがはっと顔を上げる。


「……この声」


「知ってる」


「運動会の」


「開会式の」


「……!」


白石さやの記録帳が、ぱたりと勝手に開いた。


そこに記された文字が、まるで呼吸するように揺れる。


『さや』


『ひびき』


『校庭』


『声標』


『返す』


『呼ぶ』


その文字列の最後に、新しい一文が浮かびあがる。


『校庭の声標は、遊具の下』


ユイがそれを読んで目を見開く。


「遊具の下……?」


「すべり台?」


れいなが首を傾げた。


「ううん」


ひびきが小さく首を振る。


「ブランコの向こう」


「砂場の横」


「古い鉄棒」


「その近く」


「ぼく、知ってる」


校庭のどこか。


そこに声標が埋まっている。


白石さやはページを閉じた。


「行こう」


「うん」


屋上の門の向こうへ、一行は足を踏み出す。


階段を降りるたび、夜の気配が少しずつ薄れていく。


だが、校舎の外へ出た瞬間。


空気は変わった。


朝でも昼でもない校庭。


遊具の影が長くのび、鉄棒が黒い線のように並んでいる。


砂場の輪郭だけが、妙に白い。


赤い灯りは、その中央。


古い防災無線の柱の頂上で、ゆっくりと点滅していた。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


白石さやが一歩進む。


「……あそこ」


すると、砂場の端に置かれた小さな看板が、ひとりでに倒れた。


その裏側に、細い文字が書いてある。


『声標は、埋めた』


『忘れられないように』


『ここで遊べるように』


「遊べる……?」


ひびきの顔が青ざめた。


「だめ」


「それ」


「遊びじゃない」


総長が低く問う。


「どういうことじゃ」


ひびきは校庭を見たまま、かすれた声で答えた。


「声標は」


「遊びの道具にされた」


「名前を呼ぶたびに」


「点が増えて」


「人が集まって」


「でも」


「誰も帰れなかった」


その言葉に、校庭の鉄棒の影が、ゆっくりと揺れた。


ぶらん。


何も吊るされていないのに、ブランコが動く。


校庭の端で、赤い灯りがもうひとつ瞬いた。


『……白石さやさん』


『遊びの続きを、始めましょう』

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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