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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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123/131

第122夜 「屋上の声標」



今日も少女は夜を歩く。


朝のチャイムが、階段の上から小さく鳴った。


カン……。


まだ昼のはずなのに、その音だけがやけに遠く、夜の底から届いたように聞こえる。


放送室にいた全員が、一瞬だけ動きを止めた。


白石さやの腕の中で、記録帳がかすかに震える。


屋上へ続く階段。


その先に、まだ誰かがいる。


白い子供――音無ひびきは、胸の名札を見下ろしたまま、静かに言った。


「……あの音」


「知ってる」


ユウが顔を上げる。


「ほんとに?」


「うん」


「朝のチャイムの前に」


「ここで、だれかが鳴らしてた」


その言葉に、冬華が目を細める。


「予鈴のようなもの、ですか」


「いえ」


白い梟が窓辺で短く鳴いた。


『予告音ではない』


『誘導音』


総長が低く唸る。


「誘導、とな」


「屋上へ呼んでおるということか」


ひびきはうなずいた。


「うん」


「でも」


「ひとりじゃ行けない」


その言葉を聞いて、白石さやは記録帳を抱えたまま頷いた。


「行く」


「わたし」


「自分の名前の途中を、取りに行く」


眠っていた方の白石さやも、少しだけ笑った。


「うん」


「わたしたち、まだ途中だもんね」


その一言で、放送室の空気が少しだけやわらぐ。


保健の先生は、もうそこにはいなかった。


けれど、音の流れは確かに次の場所へつながっている。


白い梟が先に飛び出し、廊下の向こうを見た。


『屋上、反応あり』


『音声回線、終端接続』


『接近注意』


放送室を出ると、学校の空気はまた少し変わっていた。


朝の光はあるのに、階段の上だけが妙に薄暗い。


ひびきが先頭に立つ。


小さな背中なのに、不思議と迷いがない。


「こっち」


「階段」


「上がると」


「門がある」


「門?」


れいなが首をかしげる。


「屋上に門なんてあるの?」


「あるよ」


ひびきは当然のように答えた。


「声を出すところだから」


「学校の声を外へ送るための場所」


「そこに」


「門みたいなものがある」


階段を上がるたび、壁に貼られた校内ポスターが少しずつ古びて見える。


「運動会のお知らせ」


「図書室便り」


「委員会の活動紹介」


そのどれもが、まるで何年も前の記録みたいに色褪せている。


そして、踊り場に差しかかった時だった。


壁のポスターの一枚が、風もないのにめくれた。


ぺり。


その裏に、白い紙片が挟まっている。


白石さやが手を伸ばす。


そこに書かれていたのは、一行だけ。


『声標、屋上に残る』


「……声標?」


冬華が目を細める。


「何かの記録名でしょうか」


ひびきは少しうつむいた。


「たぶん」


「学校の声が迷わないように」


「目印にしたやつ」


「ぼく、そこにいた」


「……」


「名前がない時から」


その言葉を聞いて、ユイはそっと白石さやの肩に手を置く。


「ひびきも、ずっといたんだね」


ひびきはうなずいた。


「うん」


「朝も」


「昼も」


「夜も」


「だれかが呼べば」


「ここにいた」


その声は、どこか寂しい。


でも、以前のように飲み込まれた寂しさではない。


ちゃんと、言葉になっている寂しさだった。


屋上への扉が見えた。


鉄の扉。


古い鍵穴。


そして、扉の上に付いたスピーカー。


それが、ひとつだけ赤く光っている。


『起動中』


白い梟が短く鳴いた。


『終端装置、作動』


『音声回線、接続中』


カクリが鋏を構える。


「……来る」


白石さやは記録帳を握り直し、扉を見つめた。


「わたしの途中」


「ここにあるんだ」


ひびきが静かに言う。


「うん」


「でも」


「ひとりじゃ取れない」


「だから呼んだ」


「……誰を?」


ひびきは扉の向こうを見たまま、少しだけ声を落とした。


「声標を守ってた人」


その瞬間、扉の向こうから、かつん、と一歩分の音がした。


足音ではない。


靴の音でもない。


金属が床を叩くような、硬い響き。


次いで、赤いスピーカーから雑音が流れる。


ザ……ザザ……。


そして、校内放送のように、ひとつの声が落ちた。


『放送委員、音無ひびき』


『業務終了』


全員の表情が変わる。


ひびきがぴたりと止まった。


「……ちがう」


その一言で、屋上の扉が内側からガタリと鳴った。


『返却対象、確認』


『声標、回収』


白石さやが息を呑む。


「……声標を、回収する?」


白い梟が鋭く鳴く。


『音声管理体、最終回収段階』


『学校放送、封鎖準備』


冬華の目が冷たくなる。


「やはり」


「放送室で聞いた“誰か”は、ひびきを回収しに来たのですね」


扉の向こうで、また一歩。


今度ははっきり聞こえる。


金属が床を擦る音。


ガキ……。


扉の鍵穴が内側から、ゆっくり回される。


ひびきが後ずさった。


「……来る」


ユイがすぐにその背へ回る。


「大丈夫」


「行かせない」


総長が低く笑った。


「面白い」


「学校の屋上で、声を奪いに来るとはな」


カクリも鋏を開く。


「切る」


その時。


鉄の扉が、ほんの少しだけ開いた。


隙間から見えたのは、空ではなかった。


黒いスピーカーケーブルが無数に伸びている。


それらが屋上の床を這い、門のような枠を形作っていた。


まるで。


校舎そのものが声を集めるための装置になっているみたいだった。


そして、その中央。


人の形をした影がひとつ、立っていた。


顔は見えない。


けれど、白石さやはその影を見た瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。


「……この人」


「知ってる」


影が、ゆっくりと首を上げる。


スピーカーから声が流れる。


『声標管理者』


『回収開始』


ひびきが青ざめた。


「……ぼく」


「この人に」


「名前を」


「取られた」


白石さやが息を呑む。


「ひびきの名前を……?」


影は答えない。


ただ、手のひらをこちらへ向けた。


その手の中には、古い木札のようなものがある。


そこに、細い文字が一文字ずつ浮かび始める。


『音』


『無』


『ひ』


『び』


『き』


白い梟の声が、低く、重く響いた。


『返還阻害』


『記録回路、再封印』


『注意』


『屋上門、開放』


白石さやは記録帳を胸に当てた。


自分の途中。


ひびきの名前。


放送室に残った声。


その全部が、今、屋上へ集まろうとしている。


扉が、さらに開く。


夜でも朝でもない、声だけの風が吹き込んだ。


そして、赤いスピーカーがひときわ強く鳴る。


『白石さやさん』


『あなたの“続きを”』


『返しに来ました』

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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