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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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114/131

第113夜 「半分の名前」


今日も少女は夜を歩く。


資料室の扉が、内側からぴたりと閉まった。


ぎし、と古い木枠が震え、鍵のかかる音もないのに、もう開きそうにない。


白石――さやは、抱きしめたファイルを胸に押し当てたまま立ち尽くす。


「……閉まった」


その声はかすれていた。


カクリは鋏を構え、扉を見た。


「開ける」


白いリボンの影たちが、資料室の中でわずかに揺れる。


窓の外にいたはずのものも、いつの間にか中へ入り込んでいた。


ひとつ。


またひとつ。


数が増えている。


だが、どの影も動き方が少しずつ違う。


怒っている影。


寂しそうな影。


焦っている影。


そして、さっき拍手していた子供。


白い名札だけを胸につけた、その子は、扉のそばに立っていた。


「見つけたね」


「でも」


「まだ半分」


その声に、白石の膝がふるりと揺れる。


「……半分?」


ユイがすぐに支えた。


「何が半分なの」


子供は答えず、窓の方へ視線をやった。


白いリボンの影たちが、ぴたりと並ぶ。


その中のひとつが、かすれた声を出した。


「……さや」


白石の肩が強ばる。


「……いま」


「呼んだ?」


「うん」


その影はうなずくみたいに、ぼんやりと頭を下げた。


「さや」


「さや」


「さや」


声が重なる。


一つ目は怒っている。


二つ目は泣いている。


三つ目は焦っている。


四つ目は、ただ見守っている。


それら全部が、白石さやという名前を呼んでいた。


冬華が目を細める。


「……やはり」


「名前の切れ端ではなく」


「“呼び方”そのものが分散しているのですね」


白石が息を呑む。


「呼び方……」


白面の医師のいない夜の場所で、代わりに白い梟の声が静かに響く。


『分離名体』


『名残反応、複数』


『一人分ではない』


総長が低く唸る。


「一人分ではない、とな」


「つまり、こやつは」


「ひとりの子の名前を」


「何人かで分け合っておるのか」


その瞬間、子供がくすりと笑った。


「ちがうよ」


「分けたんじゃない」


「こぼれたの」


「……こぼれた?」


カクリが一歩前へ出る。


「何が」


子供は胸の名札を指で叩いた。


「ここ」


「本当の名前が」


「みんなの中で、こぼれちゃった」


「……!」


白石の顔から血の気が引く。


「わたしの……名前」


「そう」


「だから」


「半分」


その言葉に、資料室の棚が微かに軋む。


ガタ。


古いファイルが一冊、勝手に開いた。


それは出席簿だった。


真ん中の一行だけ、鉛筆で何度も書いて消した跡がある。


『白石さや』


その文字の横に、小さな子供の字でこう書いてあった。


『よんで』


白石が目を見開く。


「……わたし」


「これ、書いたの?」


子供は少しだけ首を傾げた。


「うん」


「でも、すぐ消えた」


「何度も」


「何度も」


「だから、ぼくが集めた」


「集めた……?」


「さやちゃんが、帰れるように」


白いリボンの影たちが、ざわりと揺れた。


そのざわめきは、怒りではない。


悲しみでもない。


もっと、日常に近いものだった。


忘れたくない。


忘れられたくない。


そういう、学校に残る感情。


白石は出席簿をそっと持ち上げる。


そこには、かすれた丸印が何度も重なっていた。


出席。


欠席。


出席。


欠席。


記録が乱れている。


まるで、この子が何度も学校に来て、何度も消されたみたいに。


ユイが出席簿を覗き込み、静かに言った。


「ねえ」


「これ……日付が変だよ」


カクリも気付いた。


最初の行と最後の行で、月日が飛んでいる。


同じ一年のはずなのに、日付が前後している。


「……時間がずれてる」


冬華が頷く。


「学校の記録が、継ぎ接ぎになっています」


「記録庫で見た空白と同じです」


白い梟が低く鳴く。


『名称記録、断片化』


『校内媒体、同期失敗』


白石が出席簿を抱えたまま、震える声で問う。


「……わたし、何を忘れたの」


子供は少し困った顔をした。


「ほんとは」


「ぼくも、わかんない」


「でも」


「ここに来る前」


「さやちゃんは」


「ひとりじゃなかった」


「……」


「誰かがいて」


「一緒に教室へ入って」


「一緒に帰って」


「紙を拾って」


「笑ってた」


白石の目から、ぽろりと涙が落ちた。


「……だれ」


「だれと」


その瞬間。


窓の外にいた白いリボンの影が、一斉に振り向いた。


そして。


もっと奥。


廊下の向こう側。


資料室の扉の外に、別の足音が一つ、静かに近付いてくる。


コツ。


コツ。


コツ。


黒板を叩くような、乾いた足音。


子供が青ざめた。


「……来た」


「何が」


カクリが聞く。


子供は扉を見たまま、小さく答えた。


「名前を」


「半分、持ってる人」


白石の顔が一瞬で固まる。


「……そんなの、いるの?」


子供は頷いた。


「うん」


「さやちゃんの名前」


「こっちじゃない半分を」


「持ってる」


冬華が目を細める。


「つまり」


「まだ完全ではない、と」


白いリボンの影たちが、窓越しにざわめいた。


その中のひとつが、しわがれた声で言う。


「……かえして」


別の影が続く。


「……かえして」


また別の影が、少し優しく。


「……さや」


白石は出席簿を胸に抱きしめた。


「わたし」


「戻りたい」


「でも」


「何を返せばいいのか、わからない」


子供はそっと手を伸ばした。


「だいじょうぶ」


「もう一人、いるから」


「……え?」


その言葉と同時に、資料室の外の足音が止まった。


扉の向こう。


しん、と静まり返る。


そして。


低い声がした。


「……白石さん」


全員が息を呑む。


その声は、学校の先生の声に似ていた。


けれど、少しだけ違う。


息継ぎの位置が不自然で、言葉の端々に紙の擦れる音が混じっている。


「白石さん」


「忘れものを、返しに来ました」


白石は顔を上げた。


「……先生」


だが、資料室の扉の向こうにいる影は、先生ではない。


子供がその気配を見上げて、震える声で呟く。


「……もう半分」


「向こうにいる」


カクリは鋏を開いた。


「開ける」


白石は迷ったあと、しっかり頷く。


「うん」


「わたし、行く」


ユイがその肩を叩く。


「一緒にね」


白い梟の声が、低く告げる。


『校内媒体、完全接続』


『未回収名、扉外に接近』


『次段階へ移行』


冬華が刀を構え直し、総長も静かに前へ立つ。


資料室の扉の向こうで、紙が一枚、すっと差し込まれた。


そこには、細い字でたった一行。


『白石さやへ』


『あなたの半分を、返します』


その下に、もう一行。


『残りは、教室で』


白石の瞳が揺れた。


「教室……」


子供が小さく笑う。


「やっぱり」


「半分は、まだ学校にいるんだ」

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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