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幽世断ちのカクリ 〜宵町カクリは夜を歩く〜  作者: れんP


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113/131

第112夜 「二階窓の白い影」



今日も少女は夜を歩く。


二階の窓に、白いリボンの影が並んでいた。


一つ。


また一つ。


ただの影ではない。


輪郭の先が、ふわりとほどけていて、まるで誰かの髪飾りだけが窓に貼りついているようにも見えた。


白石が息を呑む。


「……いる」


その声は震えていた。


「わたし、あれ」


「見たことある」


カクリは鋏を少し持ち直した。


「どこで」


白石は窓の上を見上げる。


「昨日の夜」


「校舎に来た時」


「資料室へ向かう途中で」


「階段の踊り場に、白いリボンの子が立ってた」


「顔は見えなかった」


「でも」


「名前を呼んだの」


「……誰が?」


「わたしの、もうひとつの名前」


その一言に、ユイが眉を寄せる。


「もうひとつ?」


白石は両手を握りしめた。


「わからない」


「でも、そう聞こえた」


「それを聞いたら、紙を集めろって」


「声がしたの」


「だからわたし、ずっと忘れものを探してた」


冬華が二階の窓を見据えたまま、静かに言う。


「白いリボンの影が複数いる」


「しかも、同じ姿ではありません」


総長が鼻を鳴らす。


「本体ではないな」


「分身か」


「それとも」


「名前の切れ端か」


白い梟の声が、遠くで重なる。


『視認個体、七』


『すべて未確定名』


『資料室へ誘導中』


れいなが青ざめる。


「七人も……?」


「一つの名前が七つに分かれてるとか?」


白石は首を振る。


「違う」


「もっと……」


「見た目は同じだけど」


「声が少しずつ違う」


「昨日聞いた子は、すごく寂しそうだった」


「でも今の影は」


「怒ってる」


その時。


校舎の二階から、きし、と椅子を引くような音がした。


誰もいないはずなのに。


その音に反応するように、白いリボンの影たちが一斉に窓の外を向く。


そして。


ひとつだけ、はっきりと声を出した。


「……返して」


カクリの背筋が冷える。


その声は、夜の病棟で聞いたものに似ていた。


けれど違う。


もっと若い。


もっと焦っている。


もっと、何かを失う寸前の声だった。


「返して」


「返して」


「返して」


影たちが窓越しに口を揃える。


白石が一歩後退る。


「……わたしの」


「名前……」


ユイがすぐに支えた。


「大丈夫」


「まだ取られてない」


「うん……」


そのとき。


校舎の裏手から、別のノックが響いた。


こんこん。


こんこん。


今度は扉ではない。


二階へ続く外階段の鉄柵を、誰かが指で叩いている。


一歩ずつ、階段を上ってくる気配。


白石が顔を青くする。


「……来る」


「誰が?」


カクリが問うと、白石は喉を鳴らした。


「わたしの」


「忘れものを持ってる子」



外階段の踊り場へ回ると、そこには白いスリッパが一足だけ置かれていた。


昼の学校に似つかわしくないほど古い。


黄ばんでいて、ところどころ汚れている。


なのに、不思議と誰かが今も履いている気配がある。


ユウが小さく声を上げる。


「……いる」


「見えるの?」


「うん」


「でも」


「顔はわからない」


スリッパの向こう。


空っぽの踊り場の壁に、黒板のチョークみたいな字が浮かんでいく。


『資料室へ』


『来なければ返せない』


『忘れたままでは帰れない』


冬華が目を細める。


「書いているのは誰ですか」


白石は震える声で答えた。


「昨日の夜、声だけ聞いた」


「男の子か、女の子かわからない」


「でも、リボンの子じゃない」


「もっと低い声だった」


白い梟がひとつ鳴いた。


『音声反応、二系統』


『白リボン個体群』


『低位案内体』


総長が刀を持ち直す。


「つまり、影たちのほかに案内役がいるのか」


白面の医師はいないが、その代わりのように白い窓の向こうから風が吹いた。


校舎の二階の窓が、ひとつずつ開いていく。


ガタ。


ガタガタ。


そのたびに、白いリボンの影が少しずつ顔を見せる。


いや。


顔ではない。


頭の位置に、リボンの結び目がある。


結び目の下は白くぼやけていて、目も口も判別できない。


ただ、輪郭だけが子供のようだった。


「……こわい」


れいなが小さく呟く。


白石がうつむく。


「でも」


「昨日は」


「ひとりじゃなかった」


その言葉で、カクリは気付く。


この影たちは、白石の忘れものを奪う者ではない。


むしろ。


忘れたまま校舎に残されたものだ。


誰かに返してほしくて、返せなくて、ずっとここで待っている。


「……返してって」


ユイが静かに繰り返す。


「何を?」


白石は首を振った。


「わからない」


「でも」


「たぶん」


「名前」


「だけじゃない」


その時、資料室の扉が遠くで開く音がした。


ぎぎ……。


校舎の二階の奥。


使われていないはずの資料室。


そこから、紙が床を引きずる音がする。


ずる。


ずる。


何かが、紙束を抱えて歩いている。


白石が顔を上げる。


「……あそこ」


「わたし、行かなきゃ」


カクリが頷く。


「行こう」


その一言で、白石の肩が少しだけ軽くなる。


四人が二階へ向かう。


踊り場を抜け、長い廊下に入った途端、昼の空気が急に冷たくなる。


窓の外はまだ明るいのに、廊下の奥だけ、夜が漏れていた。


資料室の扉の前。


そこには白い紙片が散っている。


拾い上げると、どれも名前の一部だった。


『白』


『し』


『い』


『し』


『ら』


『し』


『……』


白石の呼吸が荒くなる。


「これ、わたしの……」


「名前……」


扉の向こうから、低い声がした。


「まだ、足りない」


全員が振り向く。


資料室の窓。


そこに、白いリボンの影が一列に並んでいた。


七つ。


いや、八つ。


数が合わない。


窓の外にいるはずの影が、いつの間にか資料室の中へ回り込んでいる。


白いリボンの結び目が、ゆっくりと揺れた。


「忘れたままでは」


「帰れない」


白石が震える。


「……あの声」


「やっぱり」


「昨日の」


その瞬間。


資料室の奥の棚が、ひとりでに動いた。


ガタン。


古いファイルが一冊、床へ落ちる。


表紙には、剥がれかけたテープ。


その上に、かすれた文字が見えた。


『白石』


「……!」


白石が息をのむ。


でも、その下には、もう一文字。


隠れていた。


『……さや』


白石の瞳が大きく開く。


「さや……」


読んだ瞬間、窓の影たちが一斉にざわついた。


「……ちがう」


「ちがう」


「まだ」


「まだ足りない」


白石はそのファイルを抱きしめる。


「これ……」


「わたしの名前……?」


廊下の向こうで、誰かがゆっくりと拍手した。


ぱち、ぱち、ぱち。


乾いた音。


ひとつだけ、明確に人間の気配がする。


白石が振り返る。


そこには。


白いリボンの影ではない、ひとりの子供が立っていた。


顔は見えない。


でも、服の胸元に名札がついている。


その名札は、真っ白だった。


何も書かれていない。


その子供は、かすれた声で笑った。


「見つけたね」


「でも」


「まだ半分」


その言葉と同時に、資料室の扉が内側から閉まった。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

次回もお楽しみに

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