第10夜 「霊能者」
今日も少女は夜を歩く。
夜の『市立夕凪小学校』は静まり返っていた。
窓ガラスは黒く、校舎はまるで巨大な影みたいに立っている。
その校舎裏。
宵町カクリは息を潜めていた。
少し前までお化けを切っていた巨大断ち鋏は、今は小さな姿へ戻されている。
物陰から覗いた先。
そこには、九条れいなと、スーツ姿の女性がいた。
女性は黒いスーツを着ていた。
長い髪を後ろで束ね、細い目を静かに校舎へ向けている。
普通の教師には見えない。
空気が違う。
『……ありゃ本物だな』
はっちゃんが低く呟く。
『霊を見慣れてやがる』
れいなは少し怯えた様子で女性の後ろにいた。
「……先生、本当に危なくないんですか?」
「私がいる限りは」
女性は落ち着いた声で答える。
その瞬間だった。
女性がふいに足を止めた。
静寂。
夜風だけが吹く。
そして女性は、ゆっくりこちらを向いた。
「さっきからつけているのは誰でしょう」
カクリの背筋が冷える。
九条れいなが目を丸くした。
「え!?」
『気づかれたか!?どうする?』
はっちゃんが小さく焦った声を出す。
カクリは少し黙った。
逃げるか。
隠れ続けるか。
だが。
「……」
カクリは静かに立ち上がった。
そして物陰からゆっくり姿を見せる。
街灯の明かりが少女を照らした。
スーツ姿の女性が目を細める。
「子供?」
れいなの顔が一気に驚きへ変わる。
「え!?カクリちゃん!?」
カクリは少し気まずそうに目を逸らした。
女性がれいなへ視線を向ける。
「知り合い、ですか?」
「うん、クラスの友達!」
れいなは慌てた様子でカクリへ近づく。
「どうしてここに!?ここ危険だよ、早く帰った方が……」
その言葉に、カクリは少しだけ黙る。
帰った方がいい。
普通ならそうだ。
だが。
『どうすんだ?』
はっちゃんが聞く。
カクリは小さく息を吐いた。
そして、校舎の窓を見上げる。
そこには黒い影がいた。
人の顔が歪んだような怪異。
窓に張り付くようにこちらを見ている。
れいなは気づいていない。
だが女性は見えていた。
そしてカクリも。
「……まだいる」
カクリが呟く。
れいなが首を傾げた。
「え?」
その瞬間。
窓の影が一気に動いた。
「ァァァァァ――!!」
黒い怪異が校舎の二階から飛び降りる。
れいなが悲鳴を上げた。
「きゃっ!?」
だが女性は冷静だった。
札を構える。
「下がってください」
しかし、その前に。
カクリが走っていた。
『お、おい!?』
はっちゃんが驚く。
カクリはポケットから小さな鋏を掴み、そのまま振るった。
銀色の光。
巨大断ち鋏が夜の中へ展開される。
「はぁっ!!」
斬撃。
怪異が真っ二つになる。
黒い霧が夜へ散った。
静寂。
れいながぽかんと口を開ける。
「……え?」
スーツ姿の女性も、わずかに目を見開いていた。
カクリは鋏を構えたまま立っている。
夜風が吹き抜ける。
女性はしばらく無言だった。
だがやがて、小さく息を吐く。
「なるほど……」
その目が鋭くなる。
「あなた、“見える”だけではありませんね」
カクリは少し警戒した。
「……」
『気をつけろ』
はっちゃんが低く言う。
『こいつ、かなり強ぇ』
女性はゆっくりとカクリへ近づいた。
逃げる気配はない。
敵意も感じない。
「名前は?」
「……宵町カクリ」
「私は篠崎冬華」
女性は静かに名乗った。
「霊能者です」
はっちゃんが「やはり!」という。
カクリは少しだけ眉を動かした。
霊能者。
やはり、そういう存在がいるのか。
冬華は巨大断ち鋏を見る。
「珍しいですね。その霊具」
『おっと』
はっちゃんが小さく笑う。
『霊具、だってよ』
カクリは鋏を少し握り直した。
「……知ってるの?」
「えぇ。怪異を断つ道具ですね」
冬華の目が細まる。
「しかも、かなり高位のもの」
『ハハッ!わかるやつにはわかるってか』
れいなだけが状況についていけていなかった。
「え、え、ちょっと待って!?カクリちゃん何者!?」
「……普通の小学生」
『嘘つけ』
カクリとはっちゃんの声が重なりそうになり、カクリは慌てて咳払いした。
冬華は小さく笑う。
「なるほど。まだ慣れていないようですね」
そして校舎を見上げた。
夜の学校。
黒い気配がまだ残っている。
「この学校には最近、怪異が集まり始めています」
冬華の声は真剣だった。
「放置すれば、そのうち死人が出るでしょう」
れいなの顔が青くなる。
カクリは静かに校舎を見る。
やはり危険だった。
「だから調査していたんです」
冬華は再びカクリを見る。
「ですが、まさか子供が先に戦っているとは思いませんでした」
『そりゃ驚くだろうよ』
はっちゃんが笑う。
冬華は少し考えるように目を閉じたあと、静かに言った。
「宵町カクリさん」
「……なに?」
「あなた、私達のところへ来ませんか?」
カクリは目を瞬かせた。
「私達?」
「怪異を祓う側の人間です」
冬華の目は真剣だった。
「あなたには才能があります。このまま独学で戦うのは危険です」
夜風が吹く。
れいなが不安そうにカクリを見る。
はっちゃんは黙っていた。
そして少女は、初めて知る。
自分以外にも、“夜を歩く者達”がいることを。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




