第十七章: 一夜を過ごした調査員。
私は、簡単なものを用意した。
米。味噌汁。数切れの漬物。大したものではなかったが、温かく、食べ応えがあった。茶碗を低いテーブルに置き、アイコの向かいに座った。
彼女は、心からの感謝を込めて、食べ物を見た。
「美味しそうですね」 彼女は言った。「泊めていただいて、ありがとうございます」
「泊まってくれて、ありがとうございます」
私たちは、しばらく、心地よい沈黙のうちに食事をした。夕方は、静かだった。灯りの光が、揺れた。外では、村は、いつもの夜の静けさに落ち着いていた。
アイコが、最初に沈黙を破った。
「都会での生活について、教えてください」 彼女は言った。「ここに来る前の」
私は、間を置いた。箸を口に運ぶ途中で。
「語ることは、あまりありません」 私は言った。「仕事があって、アパートがあって。いつもの日課です」
「何をされていたのですか?」
「事務仕事です。何も面白くはありません。机に座って、メールに返信し、会議に出席していました」 私は、肩をすくめた。「生活費には、なりました」
「それは、お好きでしたか?」
考えた。絶え間ない通知の流れ。次から次へと日々がぼやけ、区別がつかなくなる、その仕方。
「いいえ」** 私は言った。「好きではありませんでした」
アイコは、うなずいた。「わかります。時には、何かを置き去りにしなければ、探しているものを見つけられないこともあります」
「そして、あなたは、何を探しているのですか?」 私は尋ねた。
彼女は、微笑んだ。「それは、まだ、解明中です」
会話は、続いた。彼女は、私の日常生活について尋ねた。ここで何をしているのか、どうやって時間を過ごしているのか。私は、彼女に朝のこと、米のこと、掃除のことを話した。私は、彼女に静けさのことを、村が全てをゆっくりにする、その仕方を話した。
「ここは、違うと感じます」 私は言った。「よりゆっくりで、より穏やかで。まるで、再び呼吸ができるように」
アイコは、聞いた。その目は、温かく、好奇心に満ちていた。
「あなたが、ここに留まった理由が、わかります」 彼女は言った。
やがて、アイコは、箸を置いた。
「一つ、尋ねてもいいですか?」
私は、彼女を見た。
「なぜ、私に泊まるように言ったのですか?」
ためらった。
その問いは、私たちの間の空気に漂った。真実を話すことを考えた。歌のこと、子供たちのこと。暗闇で動くもののこと。
しかし、できなかった。
まだ。
「ここでは、人々は、日が暮れた後に、外に出ません」 私は言った。「ただの、村の習慣です」
アイコの目が、わずかに細められた。彼女は、今、興味を持っていた。
「なぜですか?」
私は、彼女の目を避けた。茶碗の中のご飯、味噌汁から立ち上る湯気に、集中した。
「ただの、村の習慣です」 私は、繰り返した。「村人たちは、迷信深いのです。彼らは、夜は、中にいる方が安全だと、信じています」
アイコは、しばらく、私を観察した。彼女の視線が、私の顔に注がれているのを感じた。私の言葉を、秤にかけて。
「それは、奇妙な習慣ですね」 彼女は言った。
私は、小さな微笑みを浮かべた。
「どの村にも、奇妙な習慣はあります」
彼女は、詰め寄らなかった。しかし、彼女が好奇心を持っていることは、わかった。彼女の目は、もう少しの間、私に留まり、それから、彼女は、自分の茶碗を見下ろした。
「夕食を、ありがとうございました」 彼女は言った。「そして、泊めていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして」 私は言った。
夜は、続いた。会話は、より軽い話題へと移った。彼女の仕事、彼女の旅、彼女が見た場所。
しかし、私は、彼女が私の答えを忘れていないことを、知っていた。
そして、彼女が、再びそれについて尋ねることを、知っていた。
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夕食後、私は、アイコのために、布団を準備した。
彼女が寝られる場所を示した。キリが使った、あの同じ場所。同じ薄いマットレス。同じ折りたたまれた毛布。彼女は、鞄を置き、私に感謝した。
「これは、本当に親切ですね」 彼女は言った。「お邪魔したくないのですが」
「お邪魔ではありません」 私は言った。「この方が、良いのです」
彼女は、窓の方を見た。外では、村は、完全に暗かった。家々の向こうには、灯りはなかった。歩く人影もない。動きもない。通りは、空っぽで、その静けさは、絶対的だった。
「本当に、皆、中にいるのですね」 彼女は、静かに言った。
私は、答えなかった。
彼女は、私に向き直った。その表情は、好奇心に満ちていた。
「あなたは、いつも、その習慣に従っているのですか?」
ためらった。「従うことを、学びました」
彼女は、もっと待った。私は、それ以上、与えなかった。
「おやすみなさい、アイコさん」 私は言った。「ゆっくりお休みください」
彼女は、ゆっくりとうなずいた。「おやすみなさい、ヒカルさん」
私は、自分の布団へ歩いた。横になった。天井を見つめた。
夜は、静かだった。
しかし、眠れなかった。
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朝が、来た。
日差しが、カーテンの隙間から差し込んでいた。鳥たちが、さえずっていた。村が、目覚めていた。私は、数時間の落ち着かない睡眠をとったが、夜の重みが、まだまぶたに押し付けられていた。
その時、それを聞いた。
三回の柔らかいノック。
起き上がった。見慣れたリズムは、間違いようがなかった。
アイコが、布団から起き上がり、朝の光の中で、瞬きした。
「誰か、来たのですか?」 彼女は尋ねた。
うなずいた。立ち上がり、ドアへ歩いた。開けた。
ひなたが、いつものように、外に立っていた。
その草履は、朝の露で濡れていた。その浴衣は、少し大きすぎた。ほつれた柿色のリボンが、彼女の手首に結ばれていた。その笑顔は、明るかった。
「おはようございます、ヒカルさん!」 彼女は言った。
その時、彼女は、アイコに気づいた。
その目が見開かれた。頭が、かしげられた。彼女は、調査員を見、それから、再び私を見た。
「誰、この人?」 彼女は尋ねた。
「アイコさんだよ」 私は言った。「前に会ったことがあるだろう? 覚えてる?」
ひなたの眉が、ひそめられた。「調査員? ああ……市場で会った人」
「そうだよ」 私は言った。
ひなたは、新しい目で、アイコを見た。好奇心に満ち、慎重に、興味を持って。彼女は、長い間、彼女を観察した。
それから、彼女は、私に向き直った。
「どうして、私も泊めてくれなかったの?」 彼女は尋ねた。
その問いは、私を不意を突いた。私は、止められずに笑った。
「だって、あなたが泊まりたいって、知らなかったから」
ひなたは、口をとがらせた。「私は、いつも泊まりたいの」
アイコが、前に進み出た。彼女は、ひなたの身長に合わせて、しゃがみ込んだ。その微笑みは、温かく、開かれていた。
「あなたが、ひなたさんですね」 彼女は言った。「あなたのことは、よく聞いています」
ひなたの目が、輝いた。「そうなの?」
「ええ。ヒカルさんが、昨夜、あなたのことを話してくれました。あなたが、お米を手伝ってくれると。それに、道を掃いてくれると」
ひなたは、誇らしげにうなずいた。「私は、掃除がとても上手です」
「それは、わかります」 アイコは言った。
ひなたは、にっこり笑った。朝の日差しが、彼女の顔を捉えた。温かく、金色に。
一瞬、村は、普通に感じられた。
謎は、まだそこにあった。待っている。神社。歌。闇。しかし、その瞬間、ひなたの笑い声と、朝の光の温かさと共に、私は、ほとんど忘れることができた。
ほとんど。
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朝は、静かに過ぎた。
アイコは、機材を集めた。ノート。録音機。私の知らない装置が入った小さな袋。彼女は、訓練された効率で動いた。各項目を確認してから、しまった。
私は、ドアのそばに立ち、彼女を見ていた。
彼女は、敷居のところで止まり、私に向き直った。
「今日、山に登ります」 彼女は言った。「神社へ」
うなずいた。予想していたことだった。
彼女は、しばらく、私を観察した。それから、彼女は尋ねた。
「一緒に来ますか?」
その問いは、空気の中に漂った。
すぐに、首を振った。「やることがあります」
アイコの表情は、変わらなかった。彼女は、うなずき、私の答えを受け入れた。
「わかりました」 彼女は言った。
しかし、彼女は、私に、何かを知っているような目を向けた。私が望む以上に、彼女が理解していると言う、その目。
「また、今度」 彼女は言った。
彼女は、外へ出た。朝の光が、彼女の顔を捉えた。温かく、金色に。
「さようなら、ヒカルさん」
「さようなら、アイコさん」
彼女は、道を歩いていった。私は、彼女が去るのを見た。
他の調査員たちは、村の端で待っていた。タケシは、カメラを持っていた。ケンジは、装置を持っていた。彼らは、彼女を見ると、向きを変えた。その顔は、期待に満ちていた。
アイコは、彼らに何かを言った。彼らは、うなずいた。それから、三人は、山の方へ向きを変えた。
私は、ドアに立ち、彼らが消えるのを見た。
しかし、彼らと一緒に行くべきだったという感覚を、振り払えなかった。
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向きを変え、中に入った。その時、台所から物音が聞こえた。
鍋の柔らかなカチカチという音。布の擦れる音。小さな足が、木の床をパタパタと歩く、見慣れた音。
私は、微笑んだ。
ひなたは、もう朝食の準備を始めていた。
彼女は、自分の台に立っていた。いつも使っている、あの同じ台。その小さな手は、米鍋に伸びていた。彼女は、もう米を計り、研ぎ、火にかけていた。水は、煮立ち始めていた。
私は、歩いて行き、彼女に加わった。
彼女は、振り返らなかった。その注意は、鍋に集中していた。「お腹が空いてると思ったの。昨日、あまり食べてなかったから」
「お腹が空いてなかったんだ」
「あなたは、いつも、お腹が空いてない」 彼女は言った。「だから、私が手伝わなきゃいけないの」
私は、優しく笑った。「そうかもしれないね」
私たちは、一緒に働いた。
私は、野菜を準備した。彼女は、米をかき混ぜた。朝の日差しが、台所を満たした。温かく、金色に。小さな空間は、私たちの動きのリズムで、生きているように感じられた。
ひなたは、働きながら、嬉しそうに話した。彼女は、再び猫の話をした。また魚を盗んだ、今度は別の店から。彼女は、鳥の巣の話をした。卵が孵ったこと。親鳥が、絶えず雛に食べ物を運んでいること。彼女は、見た夢の話をした。山の上を飛ぶ夢。全てを上から見る夢。
私は、聞いた。微笑んだ。彼女の声で、空っぽの空間を埋めた。
その時、突然、彼女は、間を置いた。
「ヒカルさん……」
「うん?」
彼女は、米鍋を見た。その小さな手は、まだ杓子を握っていた。
「あの人たちは、この村に、何を求めているの?」
私は、手を止めた。
手の中の包丁が、まな板の上で、止まった。私は、彼女を見た。
彼女の問いは、単純だった。無邪気だった。子供が、見慣れないものについて尋ねる、あの種類の問い。
しかし、私は、何かに気づいた。
ひなたは、調査員たちを、見ていた。彼らが村の中を歩くのを、見ていた。囁き、質問、不安なざわめきを、聞いていた。彼女は、彼らが何かを探していることを、知っていた。
包丁を置いた。
「どうして、そう思うの?」 私は、注意深く言った。
彼女は、肩をすくめた。小さな、何気ない動き。
「わからない」
彼女は、米をかき混ぜるのに戻った。
私は、静かに、彼女を見つめた。
その顔は、穏やかで、普通だった。何ヶ月もの間、毎朝見てきた、あの同じ顔。私に微笑み、私の冗談で笑い、世界について果てしない質問をした、あの同じ顔。
しかし、その問いの何かが、残った。
彼女は、調査員たちに気づいていた。彼女は、なぜ彼らがここにいるのか、疑問に思っていた。彼女は、他の誰でもなく、私に尋ねた。
何と言えばいいのか、わからなかった。
外、遠くのどこかで、鐘が鳴った。
その音は、かすかで、朝のそよ風に乗って。今まで、聞いたことがなかった。
窓の方を見た。
山は、まだそこにあった。霧が、晴れ始めていた。
私は、ひなたに向き直った。
「彼らは、答えを探しているんだ」
ひなたは、ゆっくりとうなずいた。
「彼らは、それを見つけるの?」 彼女は尋ねた。
私は、しばらく黙っていた。
「わからない」 私は言った。
ひなたは、私を見た。その暗い目は、読めなかった。
それから、彼女は、微笑んだ。
「あなたは、物を見つけるのが上手だよね」 彼女は言った。「私を見つけたじゃない」
胸の奥で、何かが締め付けられるのを感じた。
「そうだね」 私は言った。「見つけたよ」
私は、野菜に戻った。
ひなたは、米に戻った。
朝は、続いた。
しかし、問いは、残った。
そして、私は、答えを見つけなければならないことを、知っていた。
彼女のために。
村のために。
自分のために。
次に何が起こるのか...
次回、同じ時間に、同じ場所で。




