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――登板できないエース

この暑さ


どうする


あーもー

第九話 「お前は女に飲まれてる」――登板できないエース


合同合宿最終日。


朝から空気が重かった。


昨日の練習試合で、俺たちは強豪校に2対3で敗れた。


そして俺は――。


左肩の違和感が残っていた。


「今日も投げるな」


田中先生に言われた。


「……はい」


分かっている。


無理をしてはいけない。


でも、今日が合宿最後の日。


最後くらい、グラウンドに立ちたかった。


「神谷」


黒田が声をかけてきた。


「肩、どうだ?」


「まだ少し痛いです」


「無理するなよ」


「はい」


そう答えた。


そのときだった。


「神谷!」


振り返る。


昨日対戦した強豪校の神崎だった。


「お前、今日も投げないのか?」


「先生から止められてる」


「そうか」


神崎は少し残念そうな顔をした。


「昨日、投げるところ見たかったんだけどな」


「俺も投げたかったよ」


「だったら治せ」


「はい」


その会話を、別の選手が聞いていた。


「神谷って、あのマネージャーと仲良いやつだろ?」


「……」


俺は黙った。


「最近ずっと一緒にいるじゃん」


黒田が睨む。


「だから何だよ」


「いや」


相手は笑った。


「お前、女に飲まれてるんじゃねえの?」


「……は?」


俺は思わず聞き返した。


「野球より女を優先してるんじゃないかって話」


胸に刺さった。


「違う」


「じゃあ何で昨日も一緒に帰ってたんだ?」


「それは……」


言葉が出なかった。


確かに、美咲先輩と一緒にいる時間は増えた。


練習後に話す。


一緒に帰る。


合宿でも近くにいる。


でも――。


野球を捨てたつもりなんて、一度もない。


「俺は……」


そのとき。


「もういい」


黒田が前に出た。


「こいつがどれだけ練習してるか、お前は知らないだろ」


「……」


「朝も夜も練習してた」


「黒田……」


「それに、今投げられないのは肩を痛めてるからだ」


黒田は俺を見る。


「女のせいじゃない」


俺は拳を握った。



その日の練習試合。


俺はベンチだった。


「先発、黒田」


「はい!」


「神谷は今日は完全に休ませる」


「……はい」


俺はグローブを握った。


投げたい。


マウンドに立ちたい。


でも――。


投げられない。


試合が始まる。


一回。


二回。


三回。


俺はベンチから声を出し続けた。


「ナイス!」


「切り替え!」


「次、抑えよう!」


自分にできることをやる。


それしかなかった。



四回。


黒田がピンチを迎える。


二死満塁。


相手打者が打席に入る。


「黒田!」


俺は叫んだ。


「腕振れ!」


黒田が頷く。


そして――。


ズバン!


見逃し三振。


「よっしゃ!」


俺たちは盛り上がった。


黒田が戻ってくる。


「どうだ!」


「ナイスです!」


「お前の声、聞こえたぞ」


「はい!」


俺は笑った。


投げられなくても、できることはある。



しかし六回。


相手の攻撃。


連打。


失点。


1対2。


七回。


さらに失点。


1対3。


最終回。


俺たちの攻撃。


二死一塁。


最後の打者。


打球はセンターへ。


「抜けろ!」


しかし――。


相手外野手が捕球。


ゲームセット。


また負けた。



試合後。


俺は一人でグラウンドを見ていた。


「神谷くん」


美咲先輩だった。


「……はい」


「大丈夫?」


「大丈夫です」


「嘘」


「……」


美咲先輩は隣に座った。


「今日、投げたかった?」


「はい」


「悔しい?」


「……はい」


俺は俯いた。


「俺、女に飲まれてるんですかね」


美咲先輩が驚いた。


「誰がそんなこと言ったの?」


「他校の選手に」


「……」


美咲先輩は少し黙った。


そして、静かに言った。


「悠真」


「はい」


「私は、あなたが野球を頑張ってるところをずっと見てきた」


「……」


「誰より練習してる」


「……」


「だから、そんな言葉、気にしなくていい」


俺は美咲先輩を見る。


「でも……」


「それに」


美咲先輩は笑った。


「私と一緒にいることと、野球を頑張ることは両立できるよ」


「……はい」


「私だって、あなたに全国へ行ってほしい」


「先輩も一緒にですよね」


「もちろん」


俺は少し笑った。


「約束ですからね」


「うん」



その夜。


荷物をまとめる。


合同合宿は終わる。


楽しかった。


スイカ割りもした。


他校の選手とも仲良くなった。


強豪校とも戦った。


そして――。


自分の弱点も分かった。


肩。


技術。


体力。


精神力。


全部足りない。


でも。


それ以上に大事なことも分かった。


誰かに何を言われても、自分の目標は変わらない。


俺は野球をする。


軟式野球部で。


全国制覇を目指す。


そして――。


美咲先輩との約束も守る。


「全国大会に行く」


そのために、まず肩を治す。


投げられないなら、投げられるようになるまで待つ。


焦らない。


無理をしない。


そして、戻ってきたときには――。


今までより強くなる。


俺はグローブをバッグにしまった。


「待ってろよ、マウンド」


夏はまだ終わらない。


俺の野球も、まだ終わらない。


そして――。


この合宿で生まれた恋も、まだ始まったばかりだった。

登板できずエースは?


軟式野球部だっていいじゃないか

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