夏の練習試合
野球楽しもう
第八話 夏の練習試合――まさか、投げられない?
合同合宿三日目。
朝から空気が違っていた。
昨日までのスイカ割りや他校との交流とは違う。
今日は――練習試合。
しかも、相手は県大会上位の強豪校。
「今日は本気で行くぞ」
田中先生の言葉に、全員が頷いた。
俺もグローブを握り直した。
「絶対に負けない」
そう思っていた。
ところが――。
試合前のアップ。
キャッチボールを始めて数球。
「……あれ?」
右腕ではない。
俺は左投げ。
その左肩に、妙な違和感があった。
「神谷?」
黒田が気づいた。
「どうした?」
「いや……」
もう一球。
投げる。
「痛っ!」
ボールが変な方向へ飛んだ。
「おい!」
黒田が駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
「大丈夫です」
俺は笑った。
「ちょっと変なだけです」
「本当に?」
「はい」
もう一度投げる。
――痛い。
さっきより痛い。
「……」
俺はボールを見つめた。
投げられない。
そんなはずはない。
今日は試合だ。
昨日まで普通に投げていた。
なのに――。
「神谷くん!」
美咲先輩が走ってきた。
「どうしたの?」
「ちょっと肩が……」
「痛いの?」
「少しだけです」
美咲先輩は俺の顔を見る。
「少しだけって顔じゃないよ」
「……」
「先生に言おう」
「でも、今日試合が――」
「試合より大事でしょ」
その言葉に、俺は黙った。
⸻
田中先生のところへ行く。
「先生」
「どうした?」
「肩が痛くて……」
先生はすぐに俺の腕を見る。
「いつから?」
「キャッチボールを始めてからです」
「投げられるか?」
「……」
俺は一球投げようとした。
「やめろ」
先生が止めた。
「無理するな」
「でも……」
「今日の試合は出さない」
「え?」
俺は目を見開いた。
「待ってください!」
「ダメだ」
「でも、俺は外野で――」
「投げられない状態で守備につかせるわけにはいかない」
「……」
「野球は今日だけじゃない」
先生は俺の目を見る。
「ここで無理したら、本当に投げられなくなるぞ」
俺は唇を噛んだ。
分かっている。
先生が正しい。
でも――。
悔しかった。
⸻
試合開始。
俺はベンチ。
ユニフォームを着ているのに、グラウンドには立てない。
「プレイボール!」
試合が始まった。
一回表。
相手の攻撃。
いきなり長打。
「速い……」
俺はベンチから見る。
黒田が守備につく。
神崎たち強豪校の選手も、鋭い打球を飛ばしてくる。
俺たちは必死に守った。
一回裏。
俺たちの攻撃。
「悠真、代わりに走塁の準備しとけ」
黒田が声をかける。
「はい」
でも――。
俺は悔しかった。
打席に立ちたい。
守備につきたい。
このために合宿に来た。
全国を目指すために。
なのに――。
「投げられない」
それだけで、何もできない。
⸻
三回裏。
俺たちはチャンスを作った。
一死一、三塁。
ベンチが盛り上がる。
「ここだ!」
打席には黒田。
相手投手が投げる。
カキーン!
センター前。
三塁ランナーが帰ってくる。
「よっしゃ!」
1対0。
俺たちが先制した。
黒田がベンチへ戻ってくる。
「どうだ!」
「ナイスです!」
俺は笑った。
でも、黒田は俺の肩を軽く叩く。
「お前もグラウンドに立てるようになれよ」
「はい」
⸻
五回。
相手の反撃。
連打。
1対2。
逆転された。
六回。
さらに1点。
1対3。
俺たちは苦しくなった。
それでも諦めない。
七回。
2対3。
一点差。
最終回。
二死。
ランナー二塁。
俺はベンチで祈る。
「打て!」
カキーン!
打球がセンターへ飛ぶ。
「抜けろ!」
しかし――。
相手外野手がダイビングキャッチ。
ゲームセット。
2対3。
敗戦。
⸻
俺はグラウンドを見つめていた。
悔しい。
本当に悔しい。
でも、それ以上に悔しいのは――。
自分が何もできなかったこと。
「神谷」
黒田が戻ってきた。
「お疲れ」
「……お疲れ様です」
「悔しいか?」
「はい」
「俺も」
黒田は笑った。
「でも、お前がいなくてもここまで戦えた」
「……」
「次は一緒に勝とう」
俺は頷いた。
「はい」
⸻
その日の夕方。
宿泊施設の外。
俺はベンチに座っていた。
左肩を冷やしている。
美咲先輩が隣に座った。
「まだ痛い?」
「少し」
「無理しちゃダメだよ」
「……はい」
しばらく沈黙。
俺は言った。
「今日、試合に出たかったです」
「うん」
「勝ちたかった」
「うん」
「全国に行きたいから」
美咲先輩は俺を見る。
「分かってる」
そして――。
「だから、今は休んで」
「……はい」
「全国大会で投げられなくなったら、もっと悔しいでしょ?」
俺は黙った。
その通りだった。
「治ったら、また一緒に練習しよう」
「はい」
「約束ね」
美咲先輩が笑った。
俺も笑った。
⸻
その夜。
俺は決めた。
この肩を治す。
そして――。
もっと強くなる。
投げられないなら、別の方法でチームに貢献する。
打つ。
走る。
守る。
声を出す。
できることはある。
そしていつか。
この合同合宿で戦った強豪校と、公式戦でもう一度戦う。
そのときは――。
絶対に負けない。
「軟式野球だっていいじゃないか」
俺は小さく呟いた。
夏の合宿は、まだ終わっていない。
そして俺たちの全国制覇への道も――。
まだ始まったばかりだった。
これがbaseball??




