マネージャーのほんの時間
マネージャー
頼りになります
第十三話 美咲、今が一番楽しい
放課後のグラウンド。
いつものように練習が続いていた。
選手たちは声を出しながら走り込み、キャッチボールをしている。
美咲はマネージャーとして、必要な道具を準備していた。
「美咲、ボール足りてる?」
三年生のマネージャーが声をかけた。
「うん、大丈夫」
「タオルは?」
「そっちも大丈夫」
「さすが」
三年生のマネージャーは笑った。
美咲も笑い返す。
その様子を、一年生のマネージャーが少し離れたところから見ていた。
そして――。
ずっと気になっていたことを口にした。
「先輩」
「ん?」
「美咲先輩って……昔、何かあったんですか?」
美咲の手が止まった。
「……え?」
一年生のマネージャーは少し慌てた。
「あ、すみません」
「どうしてそう思ったの?」
「なんとなくです」
「なんとなく?」
「はい」
一年生のマネージャーは少し考えてから続けた。
「最初に会ったとき、美咲先輩ってちょっと怖かったんです」
「……」
「話しかけても、あまり笑わなかったし」
「そうだった?」
「はい」
三年生のマネージャーが横から笑った。
「そりゃそうよ」
「え?」
一年生が三年生を見る。
三年生は美咲を見る。
そして――。
「私はよく知ってるよ」
「美咲先輩のこと?」
「うん」
美咲は苦笑した。
「余計なこと言わないでよ」
「別に悪口言うつもりないって」
三年生は笑った。
「でも、本当に変わったよね」
「……」
美咲は黙った。
「昔の美咲を知ってる人が今の美咲を見たら、たぶん驚くと思う」
一年生のマネージャーは目を丸くした。
「そんなにですか?」
「うん」
「何があったんですか?」
三年生は少し考えた。
「それは本人から聞いたほうがいいよ」
「美咲先輩……」
一年生が美咲を見る。
美咲は少し困ったように笑った。
「昔はね」
ゆっくり口を開く。
「今とは全然違った」
「……」
「学校でも家でも、よく怒られてた」
「え……」
「先生ともよく喧嘩したし、家族にも迷惑かけた」
「美咲が?」
「そう」
美咲は笑った。
「信じられないでしょ?」
「はい……」
「私も今考えると、なんであんなに荒れてたんだろって思う」
三年生のマネージャーが静かに頷く。
「でも、美咲には理由があった」
「……」
「大切な人を失ったから」
一年生のマネージャーが黙る。
美咲はそれ以上詳しく話さなかった。
隼人のこと。
中学時代のこと。
あの頃の自分。
全部を話す必要はないと思った。
ただ――。
今の自分を見てほしかった。
「でもね」
美咲はグラウンドを見る。
そこでは悠真が練習していた。
真剣な顔でボールを追いかけている。
「今は――」
美咲の顔に自然と笑みが浮かんだ。
「今が一番楽しい」
「……」
「本当に?」
一年生が聞いた。
「うん」
美咲は迷わず答えた。
「毎日、楽しいよ」
「野球部が?」
「それもある」
「じゃあ……何が一番?」
美咲は少し照れながら、グラウンドを見る。
そこには悠真がいる。
「大切な人ができたから」
「……!」
一年生のマネージャーが目を輝かせる。
「もしかして神谷くん?」
「……うん」
美咲は恥ずかしそうに笑った。
三年生のマネージャーは、その様子を見て笑う。
「昔の美咲なら、絶対そんな顔しなかったよね」
「そうかな」
「そうだよ」
「じゃあ、変わったんだね」
「うん」
三年生は頷いた。
「いい方向にね」
美咲は空を見上げた。
昔の自分なら、こんな日が来るなんて考えもしなかった。
学校が楽しい。
野球部にいるのが楽しい。
誰かを応援することが楽しい。
そして――。
誰かに大切にされることが、こんなにも嬉しいことだと知った。
「美咲先輩」
「ん?」
「私も頑張ります」
一年生のマネージャーが笑った。
「この野球部、好きです」
「うん」
美咲も笑う。
「私も大好き」
そのとき――。
「美咲先輩!」
グラウンドから悠真の声がした。
「はい!」
美咲は振り返る。
「タオルどこですか?」
「そこ!」
「ありがとうございます!」
「ちゃんと汗拭いてよ!」
「分かってます!」
そのやり取りを見て、三年生のマネージャーが笑った。
「本当に変わったね」
美咲は笑顔のまま答えた。
「うん」
そして、もう一度グラウンドを見る。
「今が一番楽しいから」
過去は消えない。
隼人との思い出も消えない。
荒れていた自分も、なかったことにはできない。
でも――。
今の美咲には、野球がある。
仲間がいる。
そして、大切な人がいる。
だからもう、昔には戻らない。
美咲はマネージャーとして、もう一度グラウンドへ走り出した。
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