名門硬式野球部が消えた理由
第十一話 前書き
螺王工業。
全国から選手が集まり、特待生もいる名門高校。
俺がかつて憧れ、そして自分には届かないと思って諦めた場所。
そんな螺王工業の硬式野球部が――消えた。
一体、何があったのか。
その中心にいたのが、八島という男だった。
特待生として将来を期待されながら、大きな問題を起こし、人生を大きく変えることになった八島。
学校は問題を穏便に済ませようとした。
しかし、八島は黙っていなかった。
そして――。
名門硬式野球部は廃止され、新たに軟式野球部が作られることになる。
だが、その軟式野球部は普通の新設チームではなかった。
元硬式の実力者たちが集まり、すでに全国制覇まで成し遂げている。
俺たちが目指している「全国制覇」。
その先には、すでに一度頂点に立った螺王工業がいる。
そして八島と美咲先輩の間には、俺の知らない過去もある。
過去を背負いながら、それでも野球を続ける八島。
俺は、そんな八島といつかグラウンドで戦うことになる。
軟式野球だっていいじゃないか。
俺たちには俺たちの野球がある。
――これは、名門の道から外れた男と、名門に入れなかった男。
二人の野球人生が交差していく物語だ。
第十一話 螺王工業の八島――名門硬式野球部が消えた理由
合同合宿が終わって数日。
俺――神谷悠真は、あの日からずっと八島のことが頭から離れなかった。
螺王工業。
県内でも有数の名門校。
全国から選手が集まり、硬式野球部には特待生もいる。
野球をやっている人間なら、一度は名前を聞いたことがある学校だ。
俺も、そんな学校に憧れていた。
だけど――。
俺には無理だった。
特待生でもない。
全国から注目されるような選手でもない。
中学時代も、特別目立っていたわけじゃない。
だから俺は、名門校に入ることを諦めた。
そして、硬式野球部のない高校に入学した。
そこにあったのが――。
軟式野球部だった。
俺はそこで全国制覇を目指すことにした。
だからこそ、螺王工業という名前には少し特別な感情があった。
そんなある日のことだった。
「神谷」
黒田がスマホを見ながら俺を呼んだ。
「何ですか?」
「これ見ろ」
「何?」
黒田が画面を見せてきた。
そこには、信じられない内容が表示されていた。
『螺王工業、硬式野球部を廃止』
「……え?」
俺は思わず声を漏らした。
「本当なのか?」
「みたいだぞ」
俺は記事を読み進めた。
長年、全国大会にも出場してきた名門硬式野球部。
それが――。
なくなった。
「なんで……」
俺には理解できなかった。
あの螺王工業が。
硬式野球部をなくす。
そんなことがあるのか。
さらに読み進める。
すると――。
新たに軟式野球部を設立する方針
と書かれていた。
「軟式?」
俺は画面を見つめた。
「硬式をなくして、軟式を作る?」
黒田も首を傾げる。
「普通、逆だろ」
「……だよな」
俺たちのような高校なら分かる。
硬式野球部がなくて、軟式野球部がある。
でも螺王工業は違う。
もともと硬式の名門だ。
なぜ、その硬式をなくしてまで軟式を作るのか。
その理由を、俺たちはまだ知らなかった。
⸻
「神谷くん」
後ろから声がした。
美咲先輩だった。
「先輩、これ見てください」
俺はスマホを渡した。
美咲先輩は記事を読む。
すると――。
表情が変わった。
「……八島くん」
「知ってるんですか?」
美咲先輩は少し黙った。
そして小さく頷く。
「うん」
「八島って、あの八島ですよね?」
「そう」
美咲先輩はスマホの画面を見つめる。
「少し、話すね」
俺は頷いた。
⸻
八島は、もともと螺王工業の硬式野球部に所属していた。
しかも――。
ただの部員ではない。
特待生だった。
全国から集まった選手の中でも、将来を期待されていた。
甲子園を目指せる。
その先にプロも見える。
そんな環境にいた。
俺とは正反対だ。
俺が諦めた世界に、八島はいた。
ところが――。
中学時代。
八島は、女子生徒との間で大きな問題を起こしてしまった。
まだ幼かった二人の間で起きた出来事は、簡単に片付けられるものではなかった。
相手の家族。
八島の家族。
学校。
そして周囲の人間まで巻き込む、大きな騒動になった。
「……」
俺は黙って話を聞いていた。
学校側は、できるだけ穏便に済ませようとした。
表沙汰にせず、関係者同士で話し合い、これ以上問題を広げないようにしようとしたのだ。
しかし――。
八島自身が、それを受け入れなかった。
「ワシのことだけ黙らせて、なかったことにするんか」
八島は学校に反発した。
自分の責任から逃げたいわけではない。
むしろ、自分が起こしたことを曖昧なまま終わらせることに納得できなかった。
その結果、問題はさらに大きくなっていった。
やがて学校も、八島一人をかばい続けることができなくなった。
⸻
八島の生活は一変した。
学校では厳しい目を向けられる。
家に帰れば、両親から厳しく叱られる。
野球仲間との関係も変わった。
何より――。
八島自身が、自分の過ちと向き合わなければならなかった。
「お前は何をしたんだ」
「これからどうするつもりなんだ」
「野球だけ続ければ済むと思うな」
家族からも何度も言われたという。
それでも八島は、黙って受け入れるだけではなかった。
「ワシだけを責めて終わらせるな!」
「学校にも責任があるやろ!」
「全部隠して終わりにするんは違う!」
八島は学校側にも反発した。
その反発によって、さらに話が広がっていった。
学校側も、八島を守り続けることができなくなった。
そして――。
名門・螺王工業の硬式野球部は廃止されることになった。
⸻
「じゃあ……」
俺は言った。
「八島が原因で硬式野球部がなくなったんですか?」
美咲先輩は首を横に振った。
「八島くん一人だけの問題じゃないよ」
「……」
「学校側の対応も問題になったんだと思う」
俺は黙った。
一人だけを責めて終わる話ではなかった。
大きな問題が起きた。
その後の対応も問われた。
そして結果として――。
長い歴史を持つ硬式野球部がなくなった。
⸻
ところが。
螺王工業は、野球そのものをなくさなかった。
新たに――。
軟式野球部を作った。
硬式野球部を復活させることは難しい。
しかし、野球まで完全になくしてしまうことにも抵抗があった。
そこで、新しい形として軟式野球部を作った。
そして――。
そのチームには、とんでもない選手たちが集まった。
元硬式野球部の選手。
全国大会経験者。
元特待生。
強豪クラブ出身者。
身体能力に優れた選手。
「……これ、新設って言っていいのか?」
黒田が呟いた。
「中身、ほとんど強豪じゃん」
俺も画面を見る。
そして、さらに驚くことになる。
螺王工業軟式野球部は、すでに全国制覇を経験していた。
「……全国制覇?」
俺は言葉を失った。
「新しく作った軟式野球部なのに?」
黒田が頷く。
「元々の選手が化け物なんだろ」
俺は苦笑した。
確かに。
全国から選手が集まっていた硬式野球部。
その経験者たちが軟式へ移ったのなら――。
強くて当然なのかもしれない。
⸻
そして、そのチームの中に八島がいた。
だが――。
八島はもう特待生ではない。
名門硬式野球部のスターでもない。
学校から特別扱いされる存在でもない。
自分の過去を背負いながら、軟式野球部のグラウンドに立っている。
「八島くんは、野球をやめなかったんだね」
美咲先輩が呟いた。
「……はい」
俺も答えた。
「何があっても?」
「うん」
美咲先輩は少し寂しそうに笑った。
「それだけは昔から変わってない」
⸻
その日の放課後。
俺はグラウンドで一人、ボールを握っていた。
左肩はまだ完全ではない。
だから無理に投げない。
軽く身体を動かすだけ。
俺は考えていた。
八島のこと。
特待生だった。
名門校だった。
全国を目指せる環境だった。
それを失った。
硬式野球部もなくなった。
それでも野球を続けている。
そして今では――。
軟式野球で全国制覇までしている。
「……すごい奴なのか」
俺は呟いた。
答えは簡単には出なかった。
過去に大きな問題を起こした。
その責任は消えない。
でも――。
その後どう生きるのかは、また別の問題だ。
八島は逃げるのではなく、自分なりに過去と向き合いながら野球を続ける道を選んだ。
⸻
その夜。
スマホが鳴った。
知らない番号。
「もしもし」
『神谷か?』
「……八島?」
『そうや』
「どうしたんですか?」
『この前言ったこと、覚えとるか?』
「野球で勝負するって話?」
『ああ』
「覚えてます」
少し沈黙があった。
『ワシはもう、昔のワシやない』
「……」
『特待生でもない』
「はい」
『螺王工業の硬式野球部も、もうない』
「……」
『でもな』
八島の声が強くなる。
『ワシは野球をやめへん』
俺は黙って聞いていた。
『自分がやったことから逃げるつもりもない』
「……」
『せやからこそ、野球だけは続ける』
俺はゆっくり答えた。
「俺も負けません」
『何や?』
「全国制覇です」
八島が笑った。
『ワシらはもうやったで』
「だから、次は俺たちがやります」
電話の向こうで八島が黙る。
そして――。
『ええやん』
「……」
『その言葉、忘れるなよ』
「はい」
『次に会うときは敵や』
「分かってます」
『そのときは――』
八島の声が低くなる。
『お互い、全部出そうや』
電話が切れた。
俺はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
螺王工業。
消えた硬式野球部。
新しく生まれた軟式野球部。
そして――。
過去を背負いながら、グラウンドに立ち続ける八島。
俺たちとは違う道を歩いてきた男。
でも、目指している場所だけは同じだ。
全国。
俺はグローブを握った。
「軟式野球だっていいじゃないか」
名門校に入れなくてもいい。
特待生じゃなくてもいい。
全国から選ばれた選手じゃなくてもいい。
俺たちは俺たちのやり方で――。
全国制覇を目指す。
そしていつか。
螺王工業の八島と、グラウンドで決着をつける。
その日まで――。
俺は強くなる。
神谷 悠真
高校1年生/左投げ左打ち/軟式野球部
主人公
中学時代は目立った選手ではなかったが、高校で軟式野球を始め、全国制覇を目指している
美咲と交際中
現在は左肩の違和感から、無理な登板を控えている
螺王工業の八島と出会い、名門校の選手とは違う道で全国を目指す覚悟をさらに強くする
⸻
高橋 美咲
高校2年生/マネージャー
悠真の彼女
チームのマネージャーとして選手たちを支えている
八島とは中学時代からの知り合い
八島の過去について知っており、悠真に少しずつ事情を話し始める
悠真の全国制覇という夢を応援している
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黒田 蓮
高校2年生/内野手
悠真の先輩でチームメイト
明るく面倒見のいい性格
情報収集が早く、螺王工業の硬式野球部廃止についてもいち早く知る
悠真と美咲の関係を知っており、二人を応援している
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田中先生
軟式野球部顧問
選手たちを指導する監督
悠真の左肩の状態を考え、無理な登板をさせない
勝つことだけではなく、選手が長く野球を続けられることも大切にしている
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八島
螺王工業・軟式野球部/元硬式野球部特待生
今回のキーパーソン
かつては螺王工業硬式野球部の特待生として、全国から集まった選手たちとともにプレーしていた
将来を期待された選手だったが、中学時代に女子生徒との間で大きな問題を起こした
その後、学校や家庭を巻き込む騒動となり、硬式野球部も廃止されることになった
学校側が問題を穏便に済ませようとしたことにも反発し、八島自身も学校側に強く反発
その結果、学校側も八島をかばい続けることができなくなった
現在は特待生という立場を失っている
それでも野球をやめず、螺王工業の新設された軟式野球部でプレーしている
チームは元硬式の実力者が多く、すでに全国制覇を経験している
関西弁で話す豪快な性格
一見すると乱暴だが、自分の過去から逃げずに向き合おうとしている
悠真のことを認め始めており、いずれ野球で真正面から勝負することになる
⸻
螺王工業軟式野球部
新設されたばかりの軟式野球部
しかし、普通の新設チームではない
元硬式野球部の選手や全国大会経験者、元特待生など、非常に高い実力を持つ選手が集まっている
そのため、軟式野球部として活動を始めてからも圧倒的な強さを見せ、すでに全国制覇を達成している
悠真たちにとって、今後最大級のライバルチームとなる。




