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「異世界に連れてきた相棒AIが、地球のことしか知らないうえに口が悪い…そして俺は鑑定を逃してキレられた」  作者: だい


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第5話 泉と、収納の取扱説明書

低地に下りていくと、草むらの向こうに、きらきら光るものが見えてきた。

 泉だった。地面から水が湧き出して、小さな池みたいになっている。周りはある程度開けていて、水を汲みやすいように、平たい石がいくつか並べてあった。踏み固められた跡もあるし、人が割と来る場所らしい。


「おお、こりゃ飲めるんじゃね?」


『湧き水か、当たりだな。川より上等だ。人が汲みに来てる跡があるなら、地元の連中の飲み水になってる可能性が高い』


「だろ? じゃ、さっそく」


『待て。約束は約束だ。まず匂い。それから、底まで澄んでるか、周りに動物の死骸がないか見ろ。問題なけりゃ一滴だ。……一滴だぞ。ガブ飲みしたら、今度こそ見捨てるからな』


 一滴って。こっちは口の中が地獄なんだぞ。

 でも、ここで逆らうと、また長い説教が始まる。


(飲まないで口をゆすぐだけなら、いいだろ。吐き出したら一滴とカウントで)


 まず周りを見る。死骸もないし、腐ったような匂いもしない。水は底まで澄んでいて、ちゃんと流れもある。手に掬って嗅いでみても、何の匂いもしない。

 俺は泉に顔を突っ込んで、口いっぱいに水を含んだ。がらがらとゆすいで、ぺっと吐き出す。冷たい水が、苦さと青臭さを洗い流していった。


「ぷはあ! やっと苦いの取れたわ」


『……顔ごと突っ込んで一滴とは、いい度胸だな』


「飲んでねえもん。吐き出したし、ほぼ一滴だろ」


『……だが、口をゆすいで吐き出したなら、理屈としては悪くない。腹立つがな』


「なあ、大丈夫そうだから飲んでいいか?」


『匂いなし、澄んでる、流れもある、死骸もない。人が汲みに来てる泉だし、お前の体は丈夫にしてもらってる。飲んでいいぞ。ただし、腹がびっくりしないように、少しずつな』


 お許しが出た。両手で水を掬って、ごくごく飲む。


「……うめえ」


 冷たくて、ほんのり甘い。地球のどんなミネラルウォーターより、うまい気がする。

 泉のほとりに座り込んで、水面を眺めていたら、ふと思ったことがあった。


「なあクロえもん、俺、今思ったこと言っていいか?」


『……嫌な予感しかしないが、言ってみろ』


「いやな、あの神様たちって、俺に同情的だったわけじゃん?」


『まあな。オバサンは申し訳なさそうだったし、胃の上司は頭まで下げてた。チートも特別に二つだ。……で、それがどうした』


「だから、地球人の俺が困るような星だったら、あらかじめ言ってくれてたと思うんだよ。言葉とか病気とか怪我とか、ちゃんと説明してくれたみたいにさ」


『……つまり、何も言われてないってことは、この星の水も食い物も、地球人の体で問題ないってことか。チッ、筋は通ってる。食い物のことだけ黙ってるのは不自然だ。お前、たまに鋭いな』


 クロえもんは、少し黙ってから付け加えた。


『だがな、毒じゃなくても不味いもんは不味い。さっきの虫で身に染みたろ。というか、それに気づいてたなら、虫を食う前に言え』


「いや、水飲んでふと思ってさ。あの人、いいオバサンだったし。この先も、きっといいことあるよ!」


『……いいオバサン、な。目の前で部下を握りつぶして、その玉をお前に飲ませた人だぞ』


「……それは、まあ」


『まあ、お前に悪いと思ってたのは本当だろう。楽観的なのは嫌いじゃない。……少しだけな』


 ♦


『よし、水は確保した。水筒がわりに使えるものはないか? なけりゃ、腹いっぱい飲んでから街に向かうぞ』


 水筒なんか持ってない。……いや、待てよ。


「これってさ、そのまま収納して、掌から出して飲めばいいんじゃね? ついでに生き物が入るかとか、上に投げた石を収納したら、その勢いのまま出せるかとか。……ひょっとしてAI君は気づいてなかったのかなああああ?」


『気づかなかったんじゃない、知らなかったんだ。異世界のスキルの仕様なんか、俺のデータに一行もない。……お前が鑑定を蹴ったせいでな』


「はいはい」


『だが、いい発想だ。認めてやる。水を直接しまえるか、生き物はいけるか、勢いは保存されるか。全部確かめる価値がある。まず水からだ。手を泉に突っ込んで「収納」と念じろ』


「へーい」


 手を泉に浸して念じると、水がすうっと吸い込まれていく感じがした。調子に乗って、たっぷりしまっておく。

 手のひらを口の前に持ってきて「出ろ」と思うと、ちょろちょろと水が湧き出してきた。


「おお、出る出る。いけるわ。……冷たいままだから、このまま入れとけば時間が止まってるか分かるだろうけど、ハッキリさせたいよな。火でも起こして、それを収納してみるか?」


『火はやめとけ。ライターもマッチもないし、木をこすって火を起こすのは、素人じゃ何時間かかるか分からん。しかもここは草原だ。燃え広がったら終わりだぞ』


『もっといい手がある。スマホだ。圏外でも時計は動いてる。時刻を見てから収納して、しばらく待って出せ。時間が止まってれば、時計は遅れて出てくる。……ほらな、地球の知識も使いようだろうが』


 ドヤ顔が目に浮かぶようだった。顔なんかないくせに。

 俺は収納からスマホを出して、画面を見た。そして、思わず吹き出した。時計は、トラックに突っ込まれたころの時間から、ほとんど進んでいない。ここまで、どう考えても一時間以上は歩いてるのにだ。


「おおー、なるほどな! ……ドヤってるとこ悪いけど、今出した時点でもう遅れてたわ。待つまでもなく、時間停止確定だ」


『……待て。お前、いつスマホを収納した?』


「お前が『財布と、ハサミと、圏外のスマホだぞ?! それをしまって、どうする気だ!』って怒鳴ってから、仕舞ってますぅ」


『……チッ。俺が怒鳴ったせいで、律儀にしまってたのかよ。認める、時間停止は確定だ。……ドヤ顔を返された気分は最悪だがな』


 ざまあみろ、二回目だ。


 ♦


『残りは生き物と、勢いが保存されるかだ。虫は食っちまったから、何か別の生き物を探せ』


 近くの石をひっくり返すと、湿った土の上で、丸っこい虫がもぞもぞ動いていた。ダンゴムシそっくりだ。異世界にも、こういうのはいるんだな。


「これでいいかね?」


『上等だ。まず、そいつを収納しろ。入ったら、すぐ出せ。生きて動いてれば、生き物もいけるってことだ。……一応言っとくが、また食おうとするなよ』


「食わねえよ!」


 土ごとつまんだダンゴムシを手のひらに乗せて、「これ、収納したい」と念じる。

 すると、手のひらの土がすうっと消えた。あとに残ったのはダンゴムシだけで、それも土汚れ一つない、メチャメチャにピカピカのダンゴムシだった。


「……大変だ! 土が全部収納されて、ピカピカのダンゴムシが!」


『……は? 整理させろ。そいつは一回中に入って出てきたのか? それとも、手に残ったまま、くっついてた土だけが消えたのか?』


「手に残ったまま、土だけ消えた。『ダンゴムシ収納』じゃなくて、手に持ってるの見て『これ収納したい』って思ったからかな」


『なら、もう一回だ。今度は「ダンゴムシだけ」と、はっきり念じろ。消えたら、生き物もいける確定だ』


「ダンゴムシ、収納!」


 ……何も起きない。ダンゴムシは手のひらの上で、のんきに丸まっている。


『決まりだな。生き物は入らない。さっきは「これ」って全部ひっくるめて念じたから、入れられる土だけ入って、虫は手に残ったんだ。つまり、生き物にくっついた汚れだけ抜き取れるってことだ。洗濯いらず、風呂いらず。……床屋のお前には、案外使える力かもしれんぞ』


「おお……シャンプーいらずの床屋か」


『おい武蔵。お前、とんでもないハズレを引いたと思ってたが、ひょっとすると当たりかもしれん』


 ピカピカのダンゴムシは、元の石の下に返してやった。


 ♦


『よし、最後は石だ。斜め前に、遠くへ投げろ。落ちてくる途中で収納するんだ』


 握りこぶしくらいの、いい感じの石を拾う。狙いを定めて斜め前に思いっきり投げて、俺はそれを追いかけて走り出した。

 ……追いつけるわけがなかった。

 石は、がさりと音を立てて、ずっと遠くの草むらに落ちた。


『……おい。走って追いかけてどうする。誰が追いつけと言った』


「お前が、落ちてくる途中で収納しろって言ったんだろ!」


『……いや待て。俺も前提を確かめてなかったな。そこから見えてる石を、手で触らずに収納できるか?』


 草むらの石をじっと見て念じても、何も起きない。近くまで歩いて、手を伸ばして触れたところで念じると、すっと消えた。何回か試して分かったのは、手首から先で触れていないと、しまうことも出すこともできないってことだった。


『なるほどな。手首から先で触れた物だけ、か。じゃあ、やり方を変える。石を真上に軽く投げて、落ちてきたのを手のひらで受けながら収納しろ。……軽くだぞ。顔に落とすなよ』


「へいへい」


 石をぽーんと真上に放る。落ちてきたところに手のひらを差し出して、触れた瞬間に「収納」。石は手ごたえもなく、手のひらに吸い込まれて消えた。


「おお、入った!」


『よし。じゃあ、出してみろ』


「出ろ!」


 手のひらから、石が飛び出した。落ちてきたときの勢いのまま、まっすぐ下に向かって。


 ごつっ。


「いってえええ!」


 足の小指を、石がかすめていった。俺は片足を抱えて、その場で跳ね回った。


『……勢いも保存される、と。データとしては上出来だ』


「上出来じゃねえよ! 小指だぞ、小指!」


『向きは、これから考えろ。……まあ、初日にこれだけ分かれば十分だ』


 クロえもんの声は、心なしか楽しそうだった。

 くそAI野郎め。

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