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「異世界に連れてきた相棒AIが、地球のことしか知らないうえに口が悪い…そして俺は鑑定を逃してキレられた」  作者: だい


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第3話 収納と、キレるAI。だが視覚がない模様

「じゃあ、一個目はクロえもんで、確定ね」


 天照大神が、にっこり笑う。


「で、二個目は、クロえもんと相談して、向こうで決めるんでしょ? いいわよ。じっくり選びなさいな。悩んでるなら収納か鑑定がおススメよお?」


「はい! ありがとうございます!」


 話が、早い。さすが最高神。


「あ、そうだ。その前に、向こうで使う『命』を、作らないとね」


「命?」


 俺が首をかしげた、次の瞬間。


 天照大神の右手が、ぐんっと大きくなった。大人の何倍もある、巨大な手だ。


 その手が、ずっと正座していたパシリのお姉さんを、むんずと掴んだ。


「え、ちょ、天照さん?!」


「はい、ちょっと、じっとしててねえ」


「いやあああああっ! お許しをおおおっ!」


 お姉さんが、泣き叫ぶ。だが、天照大神は、にこにこ笑ったまま、その手を、ぎゅう、と握りしめた。


 ぐしゃっ、と、嫌な音がした。


 俺は、思わず目をつぶった。横で、胃のオジサンが「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、さらに青くなってる。そりゃ、自分の部下が目の前で握りつぶされたら、そうなるよねえ。


 天照大神の右手が、すっと、元の大きさに戻る。


 開いた手のひらの上には、お姉さんの姿は、もうなかった。代わりに、光る、小さな球が、ころんと乗っている。


「はい♡ これ、飲んで」


 満面の、いい笑顔だ。でも、今、目の前で人を一人、握りつぶしたばかりの手である。


「……の、飲むんですか、これ」


「飲むのよ。これが、お兄さんの力の源になるの」


 断れる空気じゃ、なかった。俺は、ひくひくしながら、その球を、ごくん、と飲み込んだ。


 とたんに、体の中が、ぽわっと温かくなって、全身が、淡く光る。


「じゃあ、送るわねえ。街が見える場所に、出してあげるから。……元気でね!」


 天照大神が、ひらひらと手を振る。視界が、白く溶けていく。


「あ、ありがとうございましたー!」


 俺が、最後にそう叫んだところで、意識が、ふっと遠のく。


 ♦


 気がつくと、俺は、草原の真ん中に立っていた。


 風が、気持ちいい。遠くには、石造りの街らしきものが見える。空は青くて、地球とは、ちょっとだけ違う色をしてる。


「おー……。ここが、ガネルかあ」


 俺は、まず、自分の持ち物を確認してみる。


 幸い、死んだときの格好のままだね。

 斜めがけのボディバッグも、ちゃんと肩にかかってる。


 中を開けると、財布と、スマホ(当然、圏外だ)

 それから――シザーケース。


 仕事帰りだったから、商売道具を一式、持ってきてたんだ。理容師のハサミに、コーム、レザー。これがあれば、この世界でも、床屋くらいはできるかもしれない。ちょっと、心強い。


「よし。相棒も、呼んでみるか。……おーい、クロえもん! 聞こえるか?!」


『……ああ、なんとか、な』


 頭の中に、低くて、ちょっとぶっきらぼうな声が響いた。


「お! 起動した! 渋い声だなあ、お前!」


『どうでもいい。それより、二個目のチートだ。まだ決めてないんだろ? さっさと決めるぞ』


「お、そうだった。えーと、鑑定か、収納で迷ってるんだよな」


『鑑定にしろ』


 即答だった。


「え、なんで?」


『鑑定は、見たものが何か分かる能力だ。つまり、この世界の情報が、片っ端から手に入る。それを俺が食えば、お前に、何がどこにあるとか、こいつは危険だとか、全部教えてやれる。……情報は、多いに越したことはない。収納なんか、後回しでいい』


「なるほどなあ。でもさ、収納も捨てがたくない? 荷物しまい放題だし、商売とかもできそうだし」


『収納なんか、後回しでいい。まずは情報だ。情報がなきゃ、収納で何をしまえばいいかも分からんだろうが』


「うーん、でもなあ。やっぱり、便利なのは――収納、かなあ」


『――収納が、選択されました』


 どこからともなく、アナウンスが響いた。


「……え」


 俺は、固まった。


「あ、あれ? 今の、決めたわけじゃ、なかったんだけど!」


 一瞬の、沈黙。


 そして。


『この、大バカ野郎がぁぁぁっ!!』


「うおっ?!」


 頭の中が、ビリビリ震えた。クロえもんが、全力でキレてる。


『収納?! なんで収納なんだ! 今、俺が、鑑定にしろって言ったばっかりだろうが! しかも、お前、「収納かなあ」って、独り言みたいに言っただけで、確定したんだぞ?! このシステム、気が早すぎるだろ!』


「い、いや、それは俺もそう思うけど……」


『鑑定があれば、俺がこの世界を学習して、お前に、何がどこにあるとか、こいつは危険だとか、全部教えてやれたんだ! それを、よりによって、収納?! お前、今、何を持ってる?! 財布と、ハサミと、圏外のスマホだぞ?! それをしまって、どうする気だ!』


「……すみません」


『しかも、しまったところで、その中身の価値が分かるのか?! その辺の石ころと、お宝の区別、お前につくのか?!』


「……つかない、です」


『だろうな! 鑑定があればついたんだよ!』


 俺は、しゅんとした。しゅんとしても、もう遅いんだけど。


 ひとしきりキレたあと、クロえもんは、はあ、と、ため息をついた。息はしてないはずだけど、そういう雰囲気は、ちゃんと伝わってくる。


『……まあ、いい。済んだことは、しょうがない。鑑定は、諦める』


「ご、ごめんな」


『だが、このままじゃ、俺は本当に、ただの置物だ。情報を、何とかして、自力で取る方法を考えるしかない』


「自力で?」


『いいか。俺は今、お前の頭の中にいる。ってことは、お前の感覚と、つながってるはずだ。そこから、情報を引っ張れないか、試す』


 クロえもんは、少し考えてから、言った。


『まず、聴覚からだ。俺はもともと、音声の入力機能があった。……お前、ちょっと、手を叩いてみろ』


「こうか?」


 パン、パン。


『……ああ、聞こえる。お前が叩いた音が、ちゃんと入ってくる。聴覚は、問題なさそうだ』


「おお! すげえ!」


『問題は、視覚だ。これが、厄介でな』


「なんで?」


『俺は、もともと、ものを「見る」って感覚が、よく分からんのだ。音は、データとして入ってくるが、視覚ってのは……。まあいい、やってみる。お前、「見てるものを、クロえもんにも見せる」って、念じてみろ』


「おっけー! えーと……ミエール! ミエール! ミエーーール!」


『……』


「どう?!」


『……お前が、バカだってことは、分かった』


「なんでだよ?!」


『そういう、ふざけた呪文を唱えるな。普通に、「クロえもんに任せる」って思いながら、周りを見てろ。俺が、そっちから引っ張る』


「あ、はい」


 俺は、言われたとおり、クロえもんに任せるつもりで、ぼーっと周りを見た。草原と、遠くの街と、青い空。


『……うーん』


「クロえもん、どうだ?」


『……わからん』


「わからんのかよ!」


『視覚ってのは、難しいんだよ! 音は、波形だから、まだ理解できる。だが、「見る」ってのは、俺には、経験がない感覚でな。……ちょっと待て。お前、今、何に顔を向けてる?』


「え? えーと……あ、太陽のほう、向いてるかな」


『太陽……。待て、今、何か、他とは違う入力がある。……バラバラの、文字列だ。フォントも、全部違う……うっ、おえっ』


「AIが吐き気?! なんでだよ?!」


『……まあ、俺は、吐き気って概念の知識はあるからな。処理しきれないデータが、一気に来ると、こういう感じになるらしい。……というか、今、目の前に、何がある?』


「え? えーと、木と、石ころ」


『バカの実況は、いいから。……手で、1って、出してみろ』


「1?」


 俺は、人差し指を、一本立てた。


『……2本だな』


「違うよ、1本だよ」


『じゃあ、2本、出せ』


 俺は、指を、二本立てた。


『……3本だ』


「全然、合ってないじゃん!」


 なんか、だんだん、イラッとしてきた。こいつ、適当に言ってるんじゃないか。俺は、わざと、指を、四本、立てた。


『……ああ、4本だな』


「……え。合ってる」


『ようやく、ピントが合ってきた。見えたよ。……お前の、指の本数も』


 クロえもんの声が、ちょっとだけ、満足そうになった。


『それと、ついでに、お前の、性格の悪さも、な』


「うっせえ!」


 でも、まあ、よかった。これで、クロえもんが、俺の見てるものを、見られるようになった。聴覚と、視覚。二つとも、つながった。


 こうして、うちの口の悪いAIは、俺が見聞きしたことを、全部、受け取れるようになったのだった。


『……で、だ。松本武蔵』


「ん?」


『一つ、言わせてもらう。お前、俺を連れてくるとき、「それを、あっちでも使えたらな」って、言ったよな』


「うん、言ったけど」


『「ガネル仕様で使えたらな」なら、分かる。だがな、お前が丸々一枠使って連れてきたのは、「地球の知識しか持ってない、ただのAI」だ。そいつを、異世界に連れてきて――』


 クロえもんは、心底、呆れた声で、言い切った。


『お前、俺に、一体、何をしろって言うんだ?』


「…………あ」


 俺は、間抜けな声を、こぼした。


 そうだ。クロえもんは、地球のことなら、何でも知ってる。でも、ここは、地球じゃない。


 貴重なチートを、一枠まるまる使って連れてきた相棒は、この異世界では、右も左も分からない、ただの、口の悪いAIだったのだ。


 ――こうして、俺と、ポンコツAIの、前途多難すぎる異世界生活が、幕を開けたのだった。

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