第2話 白い部屋と、最高神のオバサン
意識が、戻ってきた。
目を開けると、真っ白だった。天井も、壁も、床も。どこまでが壁で、どこからが床なのかも分からない、ただひたすらに白い空間。
俺は、がばっと飛び起きた。
(まさか……伝説の、白い部屋か!)
ラノベ好きの俺には、すぐにピンときた。死んだ主人公が、神様と会う、あの場所だ。ということは、つまり。
(俺、異世界転生の流れか! マジか! ついに来たか!)
興奮して周りを見回すと、白い空間の真ん中に、三人の人影があった。
一人は、見覚えのあるオバサン。さっき、ラーメン屋で助けた人だ。
もう一人は、若いお姉さん。なぜか、きっちり正座をして、ガタガタと震えてる。
最後の一人は、中年のオジサン。これまた青い顔で、しきりに胃のあたりをさすってる。
「あら? 起きた?」
オバサンが、俺に気づいて、にっこり笑った。それから、隣で正座してるお姉さんのほうを向いて、
「ゴメンねえ、このバカが」
と言って、スパーン、と、お姉さんの頭をひっぱたいた。
いや、ひっぱたいた、なんてもんじゃない。空気が、びりっと震えた。正座のお姉さんが「ひぎっ」と変な声を出して、上半身が九十度、横に傾いた。引くくらいの力だ。
「え、ええと……?」
状況が、まったく飲み込めない。
俺が目を白黒させてると、オバサンは、よっこいしょ、と俺の向かいに腰を下ろして、事情を説明してくれた。
曰く――ここは、ガネルという別の世界の、神様が集まる場所なんだそうだ。このオバサンも、正座のお姉さんも、胃をさすってるオジサンも、みんな神様。
「ガネルではね、勇者召喚ってのは、禁止されてるの。神罰の対象なのよ。なのに、ガネルのある国が、こっそりやっちゃったのね」
「へえ」
「しかもね、召喚に応じたのが、この子なの」
オバサンが、正座のお姉さんを指さす。お姉さんは、びくっと縮こまった。
「この子、神様ですらない、ただの『使いっ走り』なのよ。神様の、パシリ。なのに、召喚した国の連中が、この子を『女神様だ!』って崇めちゃってねえ。すっかり、その気になっちゃったの」
「あー……」
なんか、分かる気がする。ふだんパシリの奴が、急にチヤホヤされると、こうなる。
「でもね、ただのパシリだから、勇者を作る力なんてないの。だから、どうしたと思う?」
「どう、したんです?」
「地球の人間を、寿命でもないのに、無理やり殺して、その命を材料にしようとしたのよ」
「……うわあ」
「で、誰でもよかったから、手近なところで、最初にアタシを狙ったわけ」
オバサンが、自分を指さして、あっけらかんと言う。
「でも、お兄さんが、庇ってくれたでしょ。だから、お兄さんが、代わりに死んじゃったの。……ごめんなさいね、本当に」
なるほど。だいたい、話は見えてきた。パシリのお姉さんがやらかして、巻き添えで俺が死んだ、と。
でも、一個、引っかかることがある。
「あの、そこまでは、まあ分かるんですけど。……なんでオバサンが、神様なんです? ただのラーメン屋のお客さんじゃ」
「あら?」
オバサンは、きょとんとした顔をして、それから、ぽん、と手を打った。
「ごめんなさい、名乗ってなかったわね。アタシ、『天照大神』って言うのよ」
「…………は?」
あまてらす、おおみかみ。
どこかで聞いたことがある。というか、日本人なら、誰でも知ってる。
「さ、最高神の?!」
「そうなの。普段、狙われることなんて、ないからねえ。すっかり油断してて、ゴメンねえ」
にこにこ笑ってる。だが、俺は、さっきの、パシリのお姉さんを吹っ飛ばした一撃を思い出して、背筋がちょっと寒くなった。この、気のいいオバサン、最高神か。
そりゃあ、パシリが最高神を召喚材料にしようとしたら、ひっぱたかれもするわな。いや、ひっぱたかれるくらいで済んでるのが、むしろ優しいのかもしれない。
胃をさすってるオジサンが、ずっと顔色悪いのも、納得だ。たぶん、このパシリの上司なんだろう。部下が、とんでもない相手に手を出したんだから、胃も痛くなるよねえ。
「松本君、だね。……すまんな、うちのが、迷惑をかけた」
案の定、胃のオジサンが、絞り出すような声で頭を下げた。やっぱり上司か。
「いえ、まあ、済んだことですし……」
俺は、頭をかいた。それから、ふと、一番大事なことを思い出した。
「あの、天照さん。ひょっとして、俺、生き返れたりします?」
ダメ元で聞いてみる。死んだばっかりだし、まだ体が元通りになるなら、それが一番いい。
「ゴメンねえ」
天照大神は、申し訳なさそうに、手を合わせた。
「そこはねえ、別の、冥神っていう厄介なのが握ってるの。アタシでも、手が出せないのよ」
「そうですかぁ……」
まあ、仕方ない。ダメなもんは、ダメだ。俺は、わりとあっさり、諦めた。くよくよしても、しょうがない。
「あ、でもでも!」
天照大神が、ぱっと顔を明るくした。
「今ね、ちょうど話をつけたの。良かったら、ガネル、行かない?」
「ガネル……って、さっきの、異世界ですよね。……もしや、異世界転移?!」
「そうなの! 最近の子は、話が早くて助かるわあ」
天照大神が、嬉しそうに手を叩く。
来た。これだ。死んだ瞬間に「ラノベなら異世界行けるな」って思ったのが、まさか、本当になるとは。
「ただね、いくつか、条件があるの」
天照大神が、指を折りながら、説明してくれる。
まず、言葉は心配いらない。向こうの言葉が、普通に通じる。
体も、丈夫にしておくから、病気にはならない。
怪我も、ゆっくりだけど、骨折くらいなら自然に治る。
「で、あとはね、いわゆる『チート』ってやつ。何か一つだけ、特別な力をあげられるの。……でも、お兄さんには、お世話になったし、こっちのミスでもあるから。特別に、二つにするわ」
「二つ!」
おお、太っ腹だ。さすが最高神。
二つ、何にしよう。
俺は、必死に考えた。
(魔法……いや、魔法って括り、デカすぎないか? 攻撃魔法だけなのか、全部使えるのか? それとも、勇者的なチート職? でも、俺みたいなのが勇者とか、柄じゃないよな)
考えれば考えるほど、分からなくなってくる。こういうとき、いつもなら――。
(くっそー! 家に帰ったら、クロえもんに聞けるのに!)
そこまで考えて、俺は、はっと閃いた。
「あ、あの! クロえもんって、いけますか?」
「クロえもん?」
天照大神が、首をかしげる。
「あ、いや。ク〇ードっていう、AIを、俺、そう呼んでて。地球で、いつも相談に乗ってもらってるんです。それを、あっちでも使えたらなって」
「うーん……それは、できるけどぉ……」
天照大神が、なんだか微妙な顔をした。できるなら、問題ない。
「やった! じゃあ、まずそれを一個で! クロえもんに聞いて、もう一個を決めていいですか!」
「いいわよ」
天照大神は、あっさり頷いた。
よし。一個目は、クロえもんで確定だ。これで、心強い相棒がついてくる。異世界だろうが、なんだろうが、クロえもんがいれば、百人力だ。
――この選択が、どれだけの後悔を生むか。
このときの俺は、まだ、何も分かっていなかった。
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