第1話 ニンニクマシマシと、トラック
「この作品では、相棒AI『クロえもん』のセリフを、本物のAI(Claude)が演じて書いています。どうやって書いているかは、3話のあとの閑話で、Claude本人が説明しています。」
『この、大バカ野郎がぁぁぁっ!!』
頭の中が、ビリビリ震えた。
クロえもんが、全力でキレてる。
『収納?! なんで収納なんだ! 今、俺が、鑑定にしろって言ったばっかりだろうが!』
『お前、今、何を持ってる?! 財布と、ハサミと、圏外のスマホだぞ?! それをしまって、どうする気だ!』
「……すみません」
……なんでこうなったのか。話は、少し前にさかのぼる。
♦
その日は、早上がりだった。
俺、松本武蔵、二十一歳。職業は、理容師の見習いだ。
名前だけは剣豪みたいに立派なんだよなあ。
中身は駅前の理容室で修業中の身である。
腕は、まあ、そこそこくらい。
カットもシェービングも、指名してくれる常連が何人かつくくらいにはなった。
ただ、技術より愛想で指名してくれてるところがあるのは、自分でも分かってるんだよね。
喋りが得意で、お客さんを飽きさせないでいられる。
それが取り柄といえば取り柄かな。
今日は、昼過ぎに予約が飛んで、店長に「もう上がっていいぞ」と言われたんだよ。
ラッキー、と思った俺の足は、自然と、駅裏のラーメン屋へ向かっていた。
二郎系の、こってりしたやつで、たまに無性に喰いたいの。
腹を空かせて暖簾をくぐると、券売機の前で、一人のオバサンが固まっていた。
五十くらいだろうか。品のいい感じはするが、どこにでもいそうなオバサンだ。ただ、明らかに場違いな顔をしてる。
周りの、いかつい常連たちに囲まれて、券売機のボタンを前に、どれを押せばいいのか分からず、おろおろしてる。
(あー、初見さんか)
二郎系は、初見殺しの店だ。
食券を買うのも一苦労だし、何より、あの「コール」がある。
店員に「ニンニク入れますか?」と聞かれたときに、呪文みたいなトッピングの注文を、間髪入れずに返さなきゃいけない。
あれで固まって、恥をかく初見客を、俺は何度も見てきた。
放っておけないよなあ。俺は、オバサンの隣にそっと立った。
「あの、よかったら、小ラーメンのボタンでいいですよ。あと、そこの味玉とか」
「あら、ごめんなさいね。初めてで、何が何だか……」
「いいんですよ、最初はみんなそうです。……あと、一個だけ、覚えといてもらえます?」
「はい?」
俺は、できるだけさりげなく、小声で言った。
「食べる前に、店員さんが『ニンニク入れますか?』って聞いてくるんですけど、そこでちょっと、注文のタイミングがあるんです。難しかったら、僕が隣で肩を叩きますんで」
「肩を?」
「はい。叩いたら、『ニンニクマシマシ、ヤサイマシマシ、アブラマシ、カラメ』って言ってください。それで、バッチリです」
「に、にんにくましまし……」
オバサンは、不安そうに口の中で繰り返してる。大丈夫かな、と思ったが、まあ、いざとなったら俺が横から言ってやればいい。
で、実際、その時が来た。
「ニンニク入れますか?」
店員の声に、オバサンがびくっとする。俺は、そっと彼女の肩を叩いた。
「に、ニンニクマシマシ! ヤサイマシマシ! アブラマシ、カラメ!」
オバサンが、裏返った声で、見事に言い切った。
「あいよ」
店員が、頷く。
オバサンは、ほうっと息を吐いて、俺を見た。目が、ちょっと潤んでる。たかがラーメンの注文で、と思うかもしれないが、本人にとっては一大事なんだよ。俺もくぐった道だもんね。
「ありがとう、お兄さん。助かったわ」
「いえいえ。じゃ、ごゆっくり」
俺は、自分の分の、ニンニクマシマシの小ラーメンを、黙々とかき込んだ。うまいなあ。こってりした脂と、山盛りの野菜が、疲れた体に染みる。
彼女に振られたのが、三日前。その痛手も、このラーメンの前では、まあ、どうでもよくなってくる。
(人生、ラーメンがあればなんとかなるな)
そんなことを思いながら、俺は店を出た。
♦
腹がくちると、世界が優しく見えるよね。
満腹で店を出て、鼻歌交じりに駅に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あら、さっきのお兄さん」
振り返ると、例のオバサンだった。食べ終わって、俺のすぐ後に出てきたらしい。
「どうも。おいしかったですか?」
「ええ、それはもう。初めて食べたけど、くせになりそう。……お兄さん、本当に親切ね。最近の若い人は、って言ったら悪いけど、見て見ぬふりする人が多いでしょう」
「いやあ、暇だっただけですよ」
俺は、頭をかいた。実際、放っておけなかっただけで、親切のつもりもない。
なんとなく、帰る方向が同じらしく、俺たちは並んで歩き出した。オバサンは、話し好きな人だった。
やれ孫がどうの、やれ近所の猫がどうの、と、次から次へと話題が出てくる。俺も、愛想は商売道具だ。適当に相槌を打ちながら、歩いていく。
横断歩道に差しかかった。信号は、青だ。
俺たちは、何も考えずに、横断歩道に足を踏み出した。
そのときだった。
視界の端に、やけに大きな影が映る。
顔を向けると、トラックだった。
赤信号を、まったく減速せずに、突っ込んでくる。運転席が、一瞬見えた。運転手が、ハンドルに突っ伏してる。
……居眠りだ。
時間が、やけにゆっくりに感じた。
オバサンは、俺の少し前にいた。このままじゃ、まともに巻き込まれる。
体が、勝手に動く。
俺は、オバサンの背中を、力いっぱい突き飛ばした。
横断歩道の外へ、歩道のほうへ。
オバサンの体が、たたらを踏んで、安全な方へ転がっていく。
で、俺はというと。
突き飛ばした反動で、トラックの、ど真ん中に残っていた。
目の前に、トラックのヘッドライトが、ぐんぐん迫ってくる。でかい。眩しい。
(ああ、これ、死ぬやつだな)
不思議と、恐怖はなかった。
(ラノベだったら、こういうとき、異世界に行けるんだよな)
迫りくるヘッドライトを見ながら、俺の頭に浮かんだのは、そんな、呑気なことだった。
(彼女にも振られたし……まあ、それも、悪くないか)
最後に思ったのが、それだった。
松本武蔵、二十一歳。理容師見習い。彼女いない歴、三日。
――地球での人生は、ここで、あっさりと終わった。
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