↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「異世界に連れてきた相棒AIが、地球のことしか知らないうえに口が悪い…そして俺は鑑定を逃してキレられた」  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/21

第19話 嫁入り箱の焼き印と、包丁の光る夜

美容室を始めて、ひと月になる。

 その日の昼下がり、恰幅のいいおかみさんが、娘さんの手を引いて店先にやってきた。通りの角にある酒屋のおかみさんで、マーレさんという人なんだよね。


「ムサシさん、あんたに頼みがあるんだよ。この子、シーレが、今度隣の町に嫁ぐことになってね。その前に、髪と化粧を何とかしてやってほしいんだ。……それと、その、手足の毛のことも」


 シーレさんは、真っ赤になってうつむいている。

 聞けば十八になったばかりで、相手は隣町の粉屋の跡取りらしい。市の日に粉を卸しに来ていて、それで知り合ったんだって。


「向こうのお姑さんが、なかなかうるさい人らしくてね。田舎の酒屋の娘だって、なめられたくないんだよ。せめて嫁入りの日くらい、誰にも文句を言わせない顔で送り出してやりたいのさ」


 マーレさんは、そう言いながら、シーレさんのひとつ結びの髪をごつごつした指でなでている。


「もちろんです。脱毛は、お母さんが立ち会ってくれるなら、お家に伺いますよ」


『やるなら、式の三日前にしろ。当日にいきなりじゃ、娘も母親も落ち着かねえ。試し化粧も一緒にやれる。それと、部屋は昼間の窓際だ。お前のは撫でたところしか取れねえから、明るくねえと取り残しが見えねえぞ。外からは布で隠しとけ』


 それで式の三日前、俺は酒屋の奥の部屋にお邪魔することになった。窓に布をかけて、明るさだけを入れる。シーレさんには大きな布を体にかけてもらって、施術するところだけを出してもらう。

 まずは腕に手のひらを当てて、肌の汚れと脂を抜き取ってみる。


「ひゃっ……!」


 シーレさんが、思わず腕を引っこめる。自分の声に驚いたみたいで、ぱっと顔を赤くしてうつむいてしまった。


「あ、ごめんね。冷たかった?」


「い、いえ……なんか、すうっとして……」


 おそるおそる自分の腕をなでて、目を丸くしている。


「……肌が、つるつる」


「どれどれ……あら、ほんとだ。あたしのより、よっぽどきれいじゃないか」


 その時、部屋の戸ががらりと開いて、酒屋の親父さんが顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。


「許さん! 嫁入り前の娘の手足を、男がいじるなんて許さんぞ!」


「あんたは黙ってな! あたしが立ち会ってるんだよ! 店番でもしてな!」


 マーレさんに背中を押されて、親父さんは戸の向こうへ追い出されていく。ぴしゃりと戸が閉まったとたん、シーレさんがこらえきれずにくすくす笑い出すもんだから、俺までつられそうになったんだよね。さっきまで石みたいに固まっていた肩から、すっかり力が抜けている。


「次は、膝から下にいきますね。いいですか?」


「……はい」


 声をかけてから、手のひらで撫でていく。撫でたところから、毛がすっと消えていくんだよね。マーレさんは最初こそ腕を組んで見張っていたのに、途中から自分の腕をさすりはじめている。

 脱毛が済んだら髪を整えて、手入れの仕方を教えることにした。伸びてきたら前髪のどこを切ればいいか、毛先が傷んだらどう切りそろえるか。


「隣の町には、ムサシさんはいないんですよね」


「うん。だから、自分でできるように、全部教えとくね」


 整髪料がなくなった時のために、蜜ろうとオリーブ油を温めて混ぜる作り方も、紙に書いて渡しておく。蜜ろうが一に、油が四。夏は少し蜜ろうを多めに、冬は油を多めにすればいい。シーレさんは紙を両手で持って、何度も口の中で読み上げていた。

 それから試しに化粧をして、手鏡を渡してみる。シーレさんは鏡の中の自分をじっと見てから、マーレさんの顔を見上げた。


「……お母さん。あたし、ちゃんとお嫁さんに見える?」


「見えるよ。見えるに決まってるじゃないか」


 そう言いながら、マーレさんは前掛けで目元をごしごしこすっている。


『その化粧の一揃えの箱、嫁入り道具にしちまえ。で、蓋にはおかみさんの店の焼き印を押させろ。隣町で「その箱どこの?」って聞かれたら、この街の名前が出る。花嫁が看板を背負って嫁に行くんだ』


 ヒルダさんに話したら二つ返事で、蓋に糸巻きの焼き印を押した箱を用意してくれることになった。


 式の当日は、酒屋の奥でシーレさんに化粧をする。眉はやわらかく、頬にほんのり赤みを足して、紅は三日前より少しだけ濃くしておく。ヒルダさんが見立てた生成りの花嫁衣装を着せて、髪には白い花を挿した。

 酒屋の前には、いつの間にか近所の人たちが集まってきている。


「……あれ、酒屋のシーレちゃんかい。あんなにきれいだったっけ」


「髪と化粧はムサシさん、衣装はヒルダさんのとこだってさ」


「ほら、あの箱。ヒルダさんとこの焼き印じゃないか」


「嫁入りに、化粧の箱を持たせるのかい。いいねえ、あたしの時にもあったらよかったよ」


 シーレさんはマーレさんにぎゅっと抱きしめられてから、嫁入り箱を胸に抱えて、隣町へ向かう馬車に乗りこんだ。動き出す前に窓から身を乗り出して、俺に小さく頭を下げてくれる。

 戸口の陰では、あれだけ「許さん」と怒っていた親父さんが、袖で顔をごしごしこすっていた。

 その日から、通りのおかみさんたちの間では、「嫁入りの時は、ベルモンド布店とムサシさん」なんて話が広まっているらしい。


 ◇


 それから何日かたった夜のことだ。麦穂亭の食堂で晩飯を食べていると、一人の女の人が、周りをうかがいながら近づいてくる。


「あの……ムサシさん。ナナシーといいます。脱毛のことで、相談があって……。うちの人には、内緒で」


『おい、宿の部屋で人妻と二人きりはまずい。女を一人つけろ。……下にいる看板娘でいいだろ』


 それでエマに頼んで、部屋で立ち会ってもらうことにした。ナナシーさんは、旦那さんに毛深いと言われたことを、ぽつぽつと話してくれる。


「本当に、全部でいいんですか? 無理しなくても……」


「……はい。あの人に、きれいって言ってほしいんです」


 手足から背中まで、全部。ナナシーさんは最後まで、ぎゅっと目をつぶって我慢していたんだよね。


 次の日の夕方、麦穂亭の扉が乱暴に開いた。


「ムサシってのはどこだ! 人の女房の体を、隅から隅までいじりやがって!」


 ナナシーさんの旦那さんの、ザボンさんだ。食堂の客たちが一斉に振り返るなか、俺は匙を置いて立ち上がる。


「……奥さんが、わざわざ俺のところに来た理由、知ってんの?」


「ああ?」


「お前に好かれたいからだよ。気にして来たんだ。俺は大丈夫かって何度も聞いた。それでも、お前にきれいって言ってほしいって、恥ずかしいのを我慢して来たんだぞ。だから俺は、一生懸命やらせてもらったんだ。それを何だ、お前。きれいになったって褒める前に、俺のとこに怒鳴りこんでくるような野郎が、あんないい奥さんと一緒にいる価値なんかねえよ。別れちまえ」


 食堂の中が、しんと静まりかえる。


「あたし、ずっと立ち会ってました! ムサシさん、変なことなんて一つもしてません!」


 盆を抱えたまま叫んだのはエマだった。ザボンさんの後ろの戸口には、いつの間にかナナシーさんが立っている。追いかけてきたらしい。


「……あんたが、毛深いって言ったからじゃないか。あたしは、あんたに……」


 ザボンさんは、ナナシーさんの袖からのぞく肌を、しばらく黙って見ている。それから、うつむいて、ぼそっと言った。


「……悪かった。……きれいだ」


 ザボンさんがナナシーさんの手を引いて帰っていくのを見送って、俺はふうっと息をつきながら椅子に座りこむ。

 その肩を、後ろからぽんと叩く手があった。振り向くと、ガルドさんが包丁を片手に立っている。


「お前も、なかなかやるようだな。……だが、うちの娘に触りやがったら、分かってるな」


 包丁の刃が、ランプの明かりでぎらりと光っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。