↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「異世界に連れてきた相棒AIが、地球のことしか知らないうえに口が悪い…そして俺は鑑定を逃してキレられた」  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/19

第16話 耳が赤いおかみさんと、市の頃を思う旦那

 客たちに囲まれて、ネリーさんは照れくさそうに首筋をなでていた。ヒルダさんがぱんぱんと手を叩くと、店の中がすっと静かになる。


「はいはい、うちは布屋だよ。見物はそこまで。……ネリーさん、約束どおり八十枚はあたしが立て替えるよ。気に入らなかったら払わなくていいって言ったけど、どうする?」


「払う払う! 払うに決まってるだろ!」


 その後ろから、さっき「十は若く見える」と言った若い客が、ずいっと前に出てきた。


「ねえ、次、あたしもやって! 短いのは無理だけど、その……眉のやつだけでも!」


『おい、行列ができかけてるぞ。……でもお前、おかみさんとまだ何も紙に書いてねえだろ。登録も保証人もこれからだ。ここで調子に乗っていいのか、少しは考えろ』


 クロえもんの言うとおりなんだよね。俺は若い客に手を合わせた。


「ごめんねえ。これからヒルダさんと話して、ギルドに行かなきゃいけないんだよ。今日ここで買い物してくれたら木札がもらえるから、別の日に来ても二割引きにするよ。……木札、大丈夫ですよね、ヒルダさん」


「大丈夫どころか、願ったりだよ」


 ヒルダさんはカウンターの下から、焼き印の入った木札の束を出して、どんと置いた。


「聞いたね、みんな。今日うちで布を買った人には木札を出す。それを持ってくりゃ、ビヨウシツが二割引きだ。ただし、木札は今日の分だけだよ。明日から出すかどうかは、あたしの気分次第さ」


「えー、ずるい! じゃあ、あたしこの水色のをひと巻き!」


「あたしも、さっき取っといてもらった生成りの!」


 ネリーさんを囲んでいた輪が、そのまま棚のほうへ流れていった。奉公人の子たちが、物差しとはさみを持ってばたばたと走り回りはじめる。


『……お前が「別の日に」って言っただけで、待ってた客が全員、布を買う客に変わった。急がせたのはおかみさんだがな。お前ら、組ませると危ねえぞ』


 ヒルダさんは奉公人に「港の倉庫まで走って、うちの人を呼んできな」と言いつけると、俺を奥の帳場に通した。布の匂いがこもった小さな部屋で、出された茶は、麦を炒ったみたいな香ばしい味がした。


「さて、うちの人が戻るまでに話を詰めとこうか。いつから、どこに椅子を置くか。あんたのビヨウシツの決まりごと、全部聞かせてもらうよ」


「じゃあ先に、一番忙しい日と、一番暇な日を教えてください」


「忙しいのは市の立つ日だね。五日に一度、噴水の広場に市が出る。村からも人が来るし、昼過ぎまでは息つく暇もないよ。暇なのは市の次の日。みんな前の日に使っちまってるからね。それと雨の日」


 そこまで言って、ヒルダさんは目を細めた。


「で、それを聞いてどうするんだい。忙しい日に客を取れば、ついでに布も売れる。普通はそう考えるけどね」


『……試してるぞ。ここでの返事で、お前が商売人かどうか見る気だ』


「忙しい日は、もちろん来ますよ。ここに住んでなくて、その日しか来られない人もいますからね」


「……村の女か。そいつは考えてなかったね」


 ヒルダさんは、指でとんとんと卓を叩いた。


「村の女は、町の女よりよっぽど髪をほったらかしだ。村に帰ったら、隣近所に見せびらかすだろうね。五日に一度、村の数だけ看板が歩いて帰ってくってわけだ。……じゃあ、暇な日は?」


「町の人には、割引が終わっても『予約札』を出します。前もって日にちを決めておいて、町の人には暇な日に来てもらう。そうすれば、市の日は町にいない人の相手ができます」


 卓を叩いていた指が、ぴたりと止まった。


「あんた、忙しい日と暇な日を、ならしちまう気だね。……ただ、札を受け取っといて来ないやつがいたらどうするんだい。町の女なんて、亭主の機嫌ひとつで約束を忘れるもんさ」


『地球の美容室でも一番の悩みだな。無断キャンセルってやつだ。一発で急所を突いてきやがった』


「別にいいですよ? 基本は予約で埋めたいですけど、空いたら、来た人を入れちゃいます。札を忘れた人は予約のし直し。三回やったら予約はできなくなって、空いてる時だけです」


「あっはっは! 三回で取り上げかい。掛け売りと同じだね。払わないやつには、次から現金でしか売らない。……あんた、床屋のくせに、商人の帳面のつけ方を知ってるよ」


 ヒルダさんが帳面を開いて何か書きつけはじめた時、店のほうが騒がしくなった。


「おい、ヒルダ! 何事だ、倉庫まで小僧を走らせて!」


 息を切らしたベルモンドさんが、帳場の戸口に顔を出した。俺に気づいて、ぱっと顔を明るくする。


「おお、ムサシ殿! ……いや待て、店先のあの騒ぎは何だ。パン屋のネリーさんがとんでもない頭で布を選んでいたぞ。客もみんな、水色の布を抱えて……」


「あんたが倉庫で樽を数えてる間に、うちは一日分の布を売ったよ。座りな。ギルドに出す紙に、保証人として名前を書いてもらう」


「ほ、保証人? いや、ムサシ殿のためなら喜んで……だが、何の保証人だ?」


『旦那、何も聞かされてねえのに、もう判子を押す側に回されてるぞ』


 俺は立ち上がって、ベルモンドさんに深く頭を下げた。


「ベルモンドさんのおかげで、昨日は寝るためのお金をいただいて、今日はお名前のおかげでギルドでも話を聞いてもらえて、奥様にもお世話になりました。本当にありがとうございます。このご恩は忘れません」


「よ、よしてくれムサシ殿! あれは服とヒゲの礼だ。礼に礼を返されたら、わしはどこで止めればいいか分からなくなる」


 そう言いながら、まんざらでもない顔でひげをなでている。昨日、俺が整えたひげだ。


「この人はね、頭を下げられるのに弱いんだよ」


 ヒルダさんが、帳面から顔を上げた。


「あんたが恩を返すのは、この人にじゃない。うちの帳面にだよ。忘れないってんなら、二月たっても客が来てるようにしな。それが一番の礼さ。……さあ、これで話は済んだ。あとはギルドだね」


「いや、まだヒルダさんの髪を切ってませんよ?」


「……は?」


 有無を言わさず丸椅子を持ってきて、ヒルダさんを座らせた。ベルモンドさんが紙に名前を書いている間に、俺はハサミを動かした。

 後ろは襟足が見えるくらい短く、前に行くほどあごの線に沿って長くなる。横から見ると、すっと斜めに一本、線を引いたみたいな前下がりのショートボブだ。


「うーん、我ながらいい出来だな。ただこれ、二週間に一回は手を入れないと崩れる髪型なんで、お客さんに勧めるにはちょっと……」


「…………ヒルダ?」


 ベルモンドさんが、書きかけの羽根ペンを持ったまま、ぽかんと口を開けていた。


「お前……若い頃、市で布を売ってた時の……いや、あの頃より……」


「余計なことは言わなくていいよ」


 ぴしゃりと言ったヒルダさんの耳が、ほんのり赤い。それから、手鏡をくるりと回して、斜めの線を指でなぞった。


「つまり、あたしは毎日店先に立って、二週間ごとにあんたの椅子に座る。客はそのたびに、あたしの頭を見る。……勝手に人を看板にしたね」


 ヒルダさんは、にやりと笑った。


「いいさ。看板代は、あんたの手間賃と相殺だよ」


『……旦那、「三日は気づかない」亭主とは大違いだな。一瞬で気づいたうえに、昔の話まで出かけたぞ』


「うん。……たださ、奥さんが眼の前で髪切ってるのに、何も言わなかったら、布と一緒に巻かれて倉庫行きだろうなあ」


『……違いねえ。この家で一番強いのは、帳面だ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。