第13話 商業ギルドと、「美容室」
マルタさんと並んで、朝の通りを歩く。マルタさんは、すれ違う知り合いに会うたびに「見とくれよ、この頭!」と自慢していて、なかなか前に進まない。
「へいへい……。お前さあ、話長いよな」
さっきのクロえもんの説教を思い出して、俺は小声でぼやいた。
『……うるせえ。三行にまとめてやる。組合。女の客。スマホ。以上だ』
「でさ、スマホってぶっちゃけどう思う? 俺は、髪を切った女の人に写真を撮って見せたり、撮ったのを見せて髪型を選んでもらったりするのがいいかなあって思うんだよね」
『……売るな。それが答えだ。一回売りゃ金にはなるが、それで終わりだ。お前の使い方なら、毎日客を呼べる。しかも収納に入れりゃ、壊れても充電が切れても新品に戻る。一生使える看板だぞ』
『それと、写真フォルダを見てみろ。向こうの店で撮った髪型の写真、残ってねえか。残ってりゃ、この世界にない髪型の見本帳が、まるごと手元にあるってことだ。ただし、人前で出すなら「遠い国の魔道具です」くらいの言い訳は考えとけ。……三行、超えたな。黙る』
「じゃあ今日は、床屋をやるのに、女の人の髪を切るギルドがあるのかって事だな。……うーんと、床屋の組合の決まりに『男に限る』ってあるかの確認が最初?」
『そうだ。まず組合の決まりに「客は男に限る」って書いてあるかどうか。次に、女の髪を切るのを禁じる決まりが、そもそもあるのかどうか。最後に、組合と関係なく、女の髪を整える商売を新しく登録できるか。……三行だ』
「んー? 『女の人の髪切りたい』じゃだめなの?」
『……それでいいな。俺が三つに分けて考えてたことを、受付が全部調べて答えてくれる。お前の一言のほうが早え。……難しく考えすぎた』
そうこうしているうちに、マルタさんの肉屋の前に着いた。向かいには、昨日の天秤の建物が建っている。
「マルタさん、ありがとう。俺、ギルド行くね」
「はいよ、行っといで。困ったら、ベルモンドの旦那の名前を出しな。あの人、ここらじゃ顔だからね」
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天秤の建物の中は、思ったよりずっと広かった。高い天井の下に長いカウンターが並んでいて、商人らしい人たちが、あちこちで帳面を広げて話し込んでいる。インクと紙の匂いがした。
空いている窓口に行くと、眼鏡をかけた若い女の人が顔を上げた。きっちりまとめた髪に、細い羽根ペンを持っている。
「商業ギルドへようこそ。ご用件は、登録ですか? それとも取引のご相談でしょうか」
『ここは役所みてえなもんだ。用件は短く、はっきりな。さっきの一言でいけ』
「えーと、俺、床屋なんですけど、地元じゃ女のお客さんもいたんです。ここじゃ床屋は男の人しか使わないらしいので、女の人向けの床屋をやりたいなって」
受付の人は、羽根ペンを止めて、眼鏡の奥で目をぱちくりさせた。
「女性向けの、床屋……ですか?」
少し考えてから、カウンターの下から分厚い帳面を引っぱり出して、ぱらぱらとめくり始める。
「床屋組合の取り決めでは、扱うのは『男子の散髪と髭剃り』となっていますね。女性の髪については……何も書かれていません。そもそも、想定していないんだと思います」
それから、ふと手を止めて、俺の顔を見た。
「失礼ですが、もしかして、武蔵さんでは? 布商のベルモンド様から、昨日お話を伺っております。『腕のいい床屋が来たら、よろしく頼む』と」
ベルモンドさん、本当に話を通してくれてたんだ。
「組合の縄張りの外ですから、新しい商売として登録はできます。ただ、新規の登録には保証人が一人と、登録料が銀貨二枚かかります。保証人は、ベルモンド様にお願いできると思いますが……」
『銀貨二枚、つまり銅貨二百枚だ。今の手持ちは百十五枚。足りねえぞ。それと、「何も書いてない」ってのは、組合が後から「うちの縄張りだ」と言い出せる余地があるってことでもある。そこも聞いとけ』
「保証人はベルモンドさんに頼めると思うけど、銀貨が足りないから、また来ます。あ、あと、登録した後に組合から何か言われることはないですよね?」
「登録さえ済ませてしまえば、商業ギルドが認めた商売になります。組合が文句をつけてきても、ギルドが間に入って話を聞く決まりですから、いきなり店を潰されることはありません」
受付の人はそう言ってから、少しだけ困った顔をした。
「ただ、登録の名前に『床屋』と入れると、組合が『うちの商売だ』と言いやすくなります。それと、街の中で男性の髭や髪を扱うと、それは組合の仕事になりますので、そこはお気をつけください」
それから、眼鏡を指で押し上げて、こっそり付け加えた。
「……個人的には、楽しみにしてます。わたし、ずっと自分で前髪を切ってるので」
『名前から「床屋」を外せってことだな。それと、街の中では男は切るな。男の客は、門の外だけだ』
「じゃあ、やっぱり『美容室』だな!」
「びよう……しつ?」
受付の人が、聞き慣れない言葉を繰り返した。
「髪をきれいに整える部屋、って意味です。床屋とは別の商売ってことで」
「……なるほど。床屋とは言っていませんし、組合も口を出しにくいと思います。いい名前ですね」
受付の人は、帳面の端に「ビヨウシツ」と書きとめて、にこっと笑った。
「わたし、リーネといいます。登録の時は、わたしの窓口に来てください。お待ちしてますね」
『……「美容室」は、こっちに置き換える言葉がねえから、そのまま聞こえたらしいな。この世界で、お前が最初に持ち込んだ言葉ってことになる』
リーネさんにベルモンドさんの店の場所を聞いてから、俺はギルドを出た。
『で、金はどうする。門の外で、あと八十五枚稼ぐか』
「うん? ベルモンドさんのとこでいいじゃん」
『……ベルモンドに金を借りるってことか? 保証人になってもらって、金まで借りたら、頭が上がらなくなるぞ』
『……いや、待て。借りるんじゃなくて、稼ぐ場所にするなら話は別だ。あいつは布屋だろ。布を買いに来るのは、ほとんど女だ。店の女の奉公人もいるはずだ。布屋の店先で、女の客の髪を整える。ベルモンドは客寄せになるし、お前は女の客を一気につかめる。……お前、そこまで考えて言ったのか?』
「クロえもん、そりゃいいな! 俺が考えてたのは、保証人を頼んだ後に、店の奉公人を切らせてもらおうってことだけ。三人も切れば、お金も貯まるかなって。店の中だから、料金じゃなくて『厚意で切って、お礼をもらう』ってことにすればいいかなって思ってたのよ」
『……お前の案も悪くねえ。「厚意で切って、お礼をもらう」なら、言い逃れはできる。ただし、切るのは女の奉公人だけにしとけ。男を切ったら、お礼でも組合に目をつけられる』
「でも、クロえもんの案はいいねえ。店を出す資金もいらないしな。ベルモンドさんは商売人だ。乗ってくるよ」
俺は、天秤の建物を振り返ってから、相棒に言った。
「クロえもんのおかげで、一番困る店の場所と、開店資金の目どが立ったよ。ありがとな」
『……礼を言うのは早え。まだ銀貨二枚も払ってねえし、ベルモンドが乗るかも分からん』
『……それに、半分はお前の案だ。俺だけの手柄じゃねえ』
『……まあ、悪い気はしねえがな。行くぞ、武蔵』




