↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「異世界に連れてきた相棒AIが、地球のことしか知らないうえに口が悪い…そして俺は鑑定を逃してキレられた」  作者: だい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/20

第12話 母親のリボンと、マルタさんの平手

「お待たせー。じゃあ、切ろうか。エマちゃん、どんな髪型がいい?」


 下に降りると、エマちゃんは厨房の前の丸椅子に、ちょこんと座って待っていた。結んでいたひもをほどくと、栗色の髪が背中の真ん中あたりまで、ばさっと落ちる。毛先は、あっちこっちに不揃いだった。


「どんな髪型って……」


 エマちゃんは、困ったように首をかしげた。


「分かんない。いつも自分で、伸びたら後ろで切ってるだけだもん。前髪も邪魔だから、一緒に結んじゃってるし。……髪型って、選べるものなの?」


 厨房の入口では、ガルドさんが腕を組んで、こっちをじっと見ている。右手には、研ぎ終わったらしい肉切り包丁が光っていた。


『おい、武蔵。この街の女は、髪型を「選ぶ」ってこと自体を知らねえんだ。お前が決めてやるしかねえぞ。それと、親父の包丁は見えてるな。髪以外に指が行ったら、三枚だ』


「うーん。エマちゃんはさ、あと一年もしたら、きれいな大人の女の人になると思うんだ。だから、それまでの今しかできない髪型にしよう。……ツインテールだな。大人になりきる前の今が、一番似合う髪型だ!」


「つい……てーる?」


 エマちゃんが、聞いたこともない言葉に目をぱちくりさせた。

 俺はまず、ばらばらだった毛先を、肩より少し下の長さで揃えていった。伸び放題だった前髪も、眉にかかるくらいで軽く整える。それから、髪を真ん中で左右に分けて、耳の少し上で、それぞれひとつずつ結ぶ形にした。


「結ぶひも、何かある? 二本いるんだけど」


 エマちゃんは少し考えてから、奥の部屋に駆けていって、小さな木箱を持って戻ってきた。中には、色あせた赤いリボンが二本入っていた。


「……これ、お母さんのなんだけど。使ってもいい?」


 厨房の入口で、ガルドさんの肩がぴくりと動いた。でも、何も言わなかった。

 リボンを二本とも結び終えて、手鏡を渡す。


「……わあ」


 エマちゃんは、鏡を見たまま左右に首を振った。そのたびに、二つに分かれた髪がぴょんぴょん跳ねる。


「しっぽが二つあるみたい! ……でも、かわいい。なんか、あたしじゃないみたい」


「……ガキっぽくねえか」


「お父さん!」


「……いや。似合ってる。そのリボンも、な」


 ガルドさんはそれだけ言って、くるりと背中を向け、厨房に引っ込んでいった。


『……ツインテールか。地球じゃ、子どもっぽさと大人っぽさの間の髪型ってことになってる。お前の見立ては、間違ってねえ』


『それより、母親のリボンだ。親父の背中、見たか。……今のは、髪を切っただけじゃねえ。この家の止まってた時間を、少し動かしたんだよ』


「……やっぱり、喜んでもらうっていいなあ」


 俺は、自分でも分かるくらい、にやけていた。


「ねえ、エマちゃん。もう少しだけ、眉とかも触っていい?」


「うん!」


 眉の形を整えて、手のひらで顔や首まわりを軽く撫でながら、産毛もきれいにしていく。


「お母さんの化粧道具とか、残ってるかな?」


 エマちゃんがもう一度奥に行って、小さな包みを持ってきた。中身は、紅とおしろいくらいだった。

 おしろいを、ほんのうっすらとはたいてから、紅を指先に少しだけ取って、頬にぼかす。唇は、もともと血色がいいから、何も塗らなくていい。眉と産毛を整えただけの、ごく軽い化粧だ。

 それだけで、エマちゃんの顔はぱっと明るくなった。


 ちょうどその時、宿の扉が勢いよく開いた。


「ガルド、いるかい! 見とくれよ、この頭! ……あらあ!」


 昨日のミディアムボブで現れたマルタさんが、エマちゃんを見たとたん、目を丸くした。


「エマ、アンタえらい別嬪になって!」


 その騒ぎに、厨房からガルドさんが出てきた。娘の顔を見て、それから俺を見て、低い声で言う。


「……お前、髪以外、誰が触っていいって言ったんだ……」


 スパーン!

 次の瞬間、マルタさんの平手が、ガルドさんの頬に飛んでいた。


「いい加減にしな! あんたがエマを縛りつけてるから、彼氏の一人もいないんじゃないか! あんたの世話をさせて、嫁にも行かせないのが、あんたの親心かい!」


 ガルドさんは頬を押さえたまま、口をぱくぱくさせていた。何か言い返そうとして、結局何も出てこないらしい。


「お、お父さん、大丈夫?」


 エマちゃんが、慌てて父親の腕をつかむ。マルタさんは、腰に手を当てて、ふんと鼻を鳴らした。


「大丈夫なもんかい。この子が年頃だってことに、やっと気がついたんだろ。……ほら、よく見な。母親にそっくりになってきたじゃないか」


 ガルドさんは、エマちゃんの顔をじっと見た。それから奥歯をかみしめて、天井を見上げた。


「……分かってるよ、そんなこと」


 その間、俺は景色に溶け込んでいた。小さい頃からの特技なんだよね。


『……おい、武蔵。景色に溶けてる場合か。親父に「髪以外触るな」って言われてたのに、眉まで整えて、産毛まで取って、化粧までしたのはお前だぞ。三枚におろされるなら、順番は間違いなくお前が一番だ』


 俺は、すーっと、この場で一番安全な、マルタさんの横に移動した。


「マルタさん、おはようございます! エマちゃん、かわいいでしょ?」


「あら、いつの間にそこにいたんだい? いやあ、かわいいわあ。死んだ母さんに似てきたねえ」


「俺も久しぶりに腕がふるえて、嬉しかったです。あと、時間があるなら、マルタさんの眉も整えさせてもらっていいですか?」


「あら、ほんとかい? 頼むよ」


 その場でマルタさんを丸椅子に座らせて、ささっと眉を整え、顔の産毛もきれいにした。


 こうして、話はうやむやになった。


「エマちゃん、その髪、下のほうで結んだり、上でまとめたりもできるからね。いろいろ試してみて」


「はい! なんか、舞台の女優さんみたいで嬉しい!」


「マルタさん、今日は?」


「いや、髪を見せに来ただけなんだけどさ」


「じゃあ、俺もギルドに行くんで、一緒に店まで行きましょうよ」


 こうして俺は、マルタさんの陰に隠れたまま、無事に親父から逃げ出したのだった。

 麦穂亭を出て、マルタさんと並んで通りを歩く。背中にガルドさんの視線が刺さっている気がしたけど、振り返らないことにした。


『……景色に溶けて、一番安全な女の横に出て、話をすり替えて、そのまま店から逃げる。見事なもんだ。床屋の腕より、逃げ足のほうが上なんじゃねえか』


『だがまあ、エマのあの顔と、親父の背中は本物だった。今日のは、許してやる』


『ギルドに着くまでに、何を聞くか決めとけよ。床屋の組合のこと、女の客のこと、それとスマホを売るかどうかだ。今度こそ、受付で突っ立つなよ』


「へいへい……、お前さあ、話長いよな」


『……うるせえ』


『……三行にまとめてやる。組合。女の客。スマホ。以上だ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。