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没落したポンコツ騎士様を拾いました 〜美味しい料理と、優しい嘘。路地裏から始まる二人のあいまい解決屋生活〜  作者: まったくもー


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第5話:消えた指輪と、空回りの騎士

その日、ドンズ亭の片隅にある私たちのテーブルには、妙に身なりのいい商人が座っていた。

 彼の指から、家宝であるという高価なルビーの指輪が消えたらしい。昨晩の宴会での出来事だという。


「間違いない。あの時、私の隣に座っていたのは商売敵のバルツだ! 奴は最近、随分と資金繰りに苦しんでいたからな! 奴が私のワインに何かを混ぜ、意識が遠のいた隙に奪ったに違いない!」

 商人は鼻息を荒くして、テーブルをドンッと叩いた。


 ジルの目が、獲物を見つけた鷹のように……いや、ただの知ったかぶりの目つきに変わる。

 彼は深く顎を引き、大袈裟にマントを翻して立ち上がった。


「……なるほど。いかにも三流の小悪党が考えそうな手口だ」

 ジルは自信満々に鼻で笑い、商人を指差した。

「貴殿の証言、そしてバルツという男の最近の資金繰りの悪化……俺の類稀なる推理力により、全てが繋がった。奴は指輪を担保に裏社会から融資を引き出すつもりだろう。今すぐバルツの商会へ乗り込み、私の『交渉術』で吐かせてやろうではないか!」


 お前、それ今おじさんが全部自分で言ったことじゃん。

 私の冷ややかな視線をよそに、商人は「おお、さすがは頼れる解決屋!」と目を輝かせている。

 ジルも「ふん、この程度の謎、俺の頭脳にかかれば児戯にも等しい」と胸を張っていた。


 でも、私はさっきからずっと気になっていた。

 商人が身振り手振りで喋るたびに、足元からチリン、チリン、と微かな金属音が聞こえるのだ。

 それに、商人の喉の奥からは「嘘」の音は聞こえないけれど、「ひどい勘違い」をしている時の、ピントがずれたような間抜けな音が鳴っている。


「ねえ」

 私はジルのマントの裾を引っ張った。


「なんだオルフェ。今、俺は最高に頭が冴え渡っているところだ。出発の準備を……」

「指輪、そこにあるよ」


 私は商人の足元、彼の分厚い革靴の折り返しの部分を指差した。


「……は?」

 商人が自分の足元を見る。

 そこには、宴会で酔い潰れた際に指から抜け落ち、運悪く靴の隙間に挟まっていたらしいルビーの指輪が、キラリと光っていた。


「あ……あああ! あった! 私の指輪だ!」

 商人は狂喜乱舞して指輪を拾い上げた。

「いやあ、バルツを疑うなんて私としたことが! 恥ずかしい! でも見つけてくれてありがとう、お二人さん!」

 商人はたっぷりの報酬をテーブルに置き、嵐のように去っていった。


 残されたジルは、右手を前方に突き出したまま、石像のように固まっていた。

 その顔は、耳の先まで真っ赤に染まっている。


「……」

「……」


 私は無言で、テーブルの上の硬貨を回収した。


 * * *


 その夜。

 厨房の隅で、ジルはひたすら無言でタマネギを微塵切りにしていた。

 トン……トン……と、いつもより明らかに包丁の刻むリズムが遅く、弱々しい。


「……俺は、馬鹿だ。完璧な推理を披露した挙句、靴の隙間に挟まっていただけだとは」

 ジルがポツリと、消え入りそうな声で呟いた。

 彼の背中から聞こえるのは、空気の抜けたしぼんだ風船みたいな、ひどく惨めで情けない音だった。


 私は鍋から温かいスープをすくい、彼の横にそっと木杯を置いた。


「別にいいじゃん。お金はもらえたんだから」

「よくない! 騎士としての威厳が、知性が、完全に地に落ちた!」


 ジルが頭を抱えてしゃがみ込む。

 私はスープを一口飲んでから、小さく息を吐いた。


「でもさ、あのバルツって商人が資金繰りに困ってるっての、結果的に防犯対策にはなったんじゃないの?」

「……どういうことだ」

「あのおじさん、これからはバルツに警戒するようになるでしょ。あのままだと、そのうち本当に騙されてたかもしれないし」


 ジルが、ピタッと動きを止めた。

 彼が顔を上げ、私をまじまじと見つめる。


「……そうか。そうだな! 俺の深謀遠慮は、目先の指輪にとどまらず、海都の経済の安定まで見据えていたということか!」

 ジルの音が、一瞬でパンッと大きく膨らんだ。分かりやすいやつ。


「はいはい。すごいすごい。だから早く、私の分のベーコン焼いてよ」

「ふん、よかろう。天才的な頭脳には、良質な脂質での栄養補給が必要だからな!」


 ジルは勢いよく立ち上がり、フライパンに火をかけた。

 ジューッと脂の焼けるいい音が、厨房に広がる。

 空回りして落ち込む姿はちょっと間抜けだけど、彼が作るご飯の「あまみ」は、いつだって本物だ。

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